一盗二婢 5 それから間を置かず、我々は観光客のように連れ立って 空港に降り立っていた。 「で。護衛とは具体的には何をすれば?」 「三つあります。 一つは言うまでもありませんが、夜神を逃がさない事」 「はい」 「もう一つは、夜神を守る事。特に……弥や松田が何かしてこないか、 気をつけて下さい」 「ほう。後の一つは?」 「……夜神から私を守る事。 毒を盛られる事から、飛行機を墜落させて無理心中させられる 可能性まで考慮して下さい」 一応夜神には聞こえないように気を使ったつもりだが、 聞き耳を立てていれば聞こえただろう。 ぼんやりと土産物屋の方を眺めている横顔からは、 その内心は読み取れなかった。 「なら、マンツーマンの方が良いわね?」 言ってウエディが私の肘に腕を絡めて来る。 「任せます」 「アイバー。ライトをお願いね」 「はいはい」 その流れで、ファーストクラスの並びの席はアイバーと夜神、 ウエディと私に別れた。 真夜中のフライト中。 ゴー……と絶え間なく唸るエンジン音に混じって、前の方から 何か気配が漂ってきた。 ファーストクラスは借り切って、他に客はいない筈だから、 動きがあるとしたらアイバーか夜神に違いないが。 パーテーションを開けて、半身乗り出すと夜神の席の仕切りが開いて 何故かアイバーが出て来た。 こちらに顔を向け、ウインク一つ寄越してからトイレへ向かう。 私は席から立ち、夜神の席を覗き込んだ。 ……倒したシートに乱れた衣服で横たわった夜神の姿が 読書灯に、浮かび上がる。 襟は開き、ズボンのベルトが外れてファスナーが下りていた。 目を腕で覆っていたが、「夜神くん」と声を掛けると 微かに震えて腕をどける。 そして慌ててファスナーを上げ、襟を合わせた。 「アイバーだと思いました?彼はトイレに行きましたよ」 「……」 「何をしていたんですか?」 「……」 「夜神くん」 「……おまえにされたのと似たような事だよ」 夜神らしくもない、偽悪的な笑いを浮かべて苦しげに答える。 これが一般的な十代の若者だったら痛々しく見えても良い所だろうが キラだと思うと一片の同情も湧かない。 だから私も抱いてしまった訳だが。 「咥えられました?」 「そこまでは」 「手で、」 「もう良いだろう!放って置いてくれ!」 私の言を遮った夜神の、目が少し潤んでいるように見えた。 気のせいか。 「ごめん……どうして自分が、続けざまにこんな目に合うのかと思って。 今まで男に、その、モテた事なんてないんだ」 「……」 どうしてと言われても。 分析すれば、松田は元々夜神に感情を持っていたのが、 彼が遠ざかる気配のような物を感じて、噴出してしまったのだろう。 私は、実際レムの協力がなかったら死んでいた所なのだから、 本能的に性欲が高まっていたと思われる。 相手が夜神だったのは、偶々身近にいたからに過ぎない。 続いたのは必然と言えば必然だが、ほぼ偶然だ。 アイバーは、夜神がキラだと知って単純に興味を持ったのか…… いやあるいは、私を裏切ってキラを取り込もうとしている? 「夜神くん。大事な事かも知れないので、もう一度聞きます。 アイバーと何を話したのですか?何をされたのですか?」 「別に。……寝てたら入ってきて。少し機内食の話をして。 何だか分からない内に、何かそういう流れになって」 夜中に、パーテーションを開けて狭い寝床に入り込んで来る人間を、 受け入れるだけでどうかと思うが。 アイバーの事だ、何かと理由を付けて思いのままに動いたのだろう。 「……彼は一流の詐欺師ですから。 口先三寸で、催眠術に掛けたように言う事を聞かせる事が出来るんです。 気をつけて下さい」 「おまえが言うなよ」 その時、アイバーが戻ってきた。 軽く咎めるつもりでじっと見つめたが、屈託なく微笑んで肩を竦める。 全く、曲者だ。 「機内で事に及ぼうとする人を初めて見ましたよ」 「結構あるらしいですよ?トイレの中とか」 「……」 「あ、いや……その。 ライトを守れとか、ライトからあなたを守れとは聞いていましたが、 手を出してはいけないとは聞いていない」 「『夜神を守る』の中に含まれます。 疑わしい行動は、少なくとも護送中は自重して下さい」 冷静に言ったつもりだが、アイバーはまた「降参」と言うように両手を挙げた。 サウスハンプトンの空港からヘリで移動し、ワイミーズハウスの門で ロジャーに夜神を手渡して私の仕事は終わった。 アイバーに対してはここから移動させるような事を言ったが、 実際は夜神はハウスの一部屋に幽閉し、私の仕事を手伝わせる。 勿論勝手に弥と連絡を取る事などは許さず、PCで日本語サイトにアクセスしたら すぐ私に通報が来るようにセッティングした。 「ありがとうございました。アイバー、ウエディ」 「あら。ここでもうお別れ?」 「はい。私もすぐに発ちますし。……ああ、」 思い出して報酬の入ったカードをそれぞれに手渡すと、 ウエディは嬉しそうにキスをして鞄に仕舞った。 アイバーはネクタイを緩め、親指でハウスを指差す。 「私はもう少し残って良いですか?ライトが気になりますし」 「構いませんが、この先はノーギャラですよ?」 「勿論」 「まあ……ならせいぜい、彼が寂しくないようにしばらく構ってあげて下さい」 「OK」 ハウスに到着してしまえば、アイバーが何をしようが夜神は動かせない。 ならその好奇心を満たすのは全く構わない。 私も夜神の身体まで守る義理もないしそんな暇も無い。 夜神が、ああ見えて初めてでないと知ったら、アイバーはどんな顔をするだろう? その反応が見たいと少し思ったが、次の仕事の時間が近づいている。 アイバーと対照的に、金を貰ったらもう用はないとばかりに 歩き出したウエディを誘い、一緒にヘリに乗って空港に戻った。
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