一盗二婢 4 「夜神くん。ちょっと良いですか?」 後刻、夜神を呼び出すと殺意など微塵も感じさせない生真面目な様子で 入って来た。 既に私に勝ったつもりでいるのなら、いい気なものだ。 だが、私の後ろにレムが居るのを見ると顔色が変わった。 「申し訳ありませんが、あなたの計略は全て破れました」 単刀直入に言ったが、夜神は青ざめたままソファに向かい、 どすんと座って不敵に笑う。 「何の話だ?」 「レムさんがここに居る事で、分かりませんか?」 「……」 夜神は頬に笑いを貼り付かせたまま少し俯いて、長々と考えていた。 無言の時間が相当流れた後、ふうっ、と大きく息を吐く。 「……少しは、考えないでもなかったんだ」 「何をです?」 「レムが、おまえに付く可能性」 ……頭の良い夜神が。 抵抗もせずあっさりと犯罪を認めた。 だがなまじ回転が速いからこそ、私と言い争っても無駄な局面まで 来てしまっている事に、自ら気づいたのだろう。 哀れと言えば哀れだ。 「はい。あなたはミサさんに疑いの目を向けさせ、ミサさんを助ける為に レムさんが私を殺すように仕向けた」 「……」 「ですが、誰かを助ける為に人を殺せば、死神も死ぬそうじゃないですか。 他に道がないのならまだしも、普通は寝返るでしょう」 「……」 「あなたともあろう人が、何故そんな事が予測出来なかったんですか?」 「……別に。普通にレムの頭の程度と性格を読み違えていただけだ」 一転、ふてくされたように横を向いて、投げ遣りに吐き捨てる。 全ての罪が暴かれ、「優等生」の仮面をかなぐり捨てたのだろう。 「おまえが僕に疑いを持った時から、安全策ばかり採っていては…… 勝つ事が出来ない気がしていた。どこかで賭けなければ」 「賭けなければ勝てないようでは、実力が足りないという事です」 「おまえだって、僕が関東にいると絞り込んだ時は賭けただろう?」 確かに。それはそうだ。 例え関東にいなくても時間差で絞り込んでいくつもりだったが、 もし最初にキラに当たらなければ、時間が経てば経つ程ネットで情報が巡り、 勝つ可能性は減って行っただろう。 また、キラが挑発に乗りにくい人物であった場合も同じだが……。 「私の場合は、賭けに負けても失う物は殆どありませんでした。 労力と、ICPOの信頼少々、それに私の手口の一つが公開されてしまう程度」 「大きいと思うけどね」 「あなた程、分の悪い賭けはしないという事です。 死神が、自らの命を賭して人を守るなんて」 夜神は目を上げて、レムを見つめたがそこに恨みがましい色はなかった。 ただ、無機物を見るように、少し不思議がっているようにも見える顔で 見つめる。 それを眺めていると、今度は私を同じ表情で見返した。 「もうすぐおまえはこの世からいなくなると思ったから、 耐えられたんだけどな」 「……」 ああ。昨夜の事か。 しおらしげな顔をして内心では、自分の死が近づいている事を知らない私を あざ笑っていたのだろう。 「安心して下さい夜神くん。 レムの条件は、あなたとミサさんの命を奪わない事でしたから」 「……そう、なのか?」 「はい。あなたが捕まり、死んだらミサさんも死んでしまうとの事で」 「そうか……」 夜神はまた俯いて、くっくっ、と笑った。 「残念だったな、竜崎」 「まあ。でも、私が個人的にあなたを拘束する事には同意してくれているので 理由を付けてあなたを本国に連れ帰り、監禁しようと思います。 どういう理由が良いですか?」 「そうだな……じゃあ、おまえが僕を雇う事にしてくれ」 「なるほど」 切り替えが、恐ろしく早い。 そして短時間で考えたこの理由が一番、波風を立たせず 家族への将来的な言い訳を鑑みてもベストだ。 「分かりました。確かに私があなたをスカウトしても不自然ではありません。 日本捜査本部に対しては、それで行きましょう」 「……他には、言うのか?」 「勿論。ワタリと、そうですね、丁度良いのでアイバーとウエディにも 護衛で着いて来て貰うので、伝えます」 「……」 「日本国外へ出れば、あなたは天涯孤独の重犯罪者です。 諦めて、私に着いて来て下さい」 じっと目の中を見つめながら言うと、夜神は少しだけ目を見張り、 その後自嘲的に笑った。 「……ははは。プロポーズみたいだ」 「同じような物です。 気持ちはありませんが、長い付き合いになるのですから せいぜい淑やかにお願いします」 言いながら手を出すと、夜神は狐に摘まれたような顔をして 手を握り返した。 それからレムに、私が夜神がキラである証拠を掴んだと嘘を吐かせ、 弥にデスノートの所有権と記憶を捨てさせた。 「夜神くんはどうしますか? ノートは破棄しますから、ついでに記憶、捨てても良いですよ」 「そうしたら自覚がないままにおまえに拘束される事になる?」 「そうですね。記憶を失っていた間と同じような状況になります。 理不尽だと思われては困るので、その前に記憶を失った自分に宛てて 自筆で一筆お願いします」 夜神がヨツバを捜査している間、本当に記憶を失っていたのだと聞いて 長い間引っかかっていた違和感に得心がいった。 だが、同じ思いをするのはもうごめんだ。 「嫌だ。理不尽に思わない自信がないから、このままで良い」 「あなたには本当に……罪悪感が、ないのですね」 「ないね。今でも僕がした事は世界を平和にする為の戦争だと思ってる。 FBIや南空ナオミは残念だったが、戦争には犠牲者が付き物だ」 「……まあ、今となってはどうでもいいですが」 ……正直、キラ事件には今までにない程高揚したし、キラの頭脳にも キャラクターにも動機にも、非常に好奇心を刺激された。 だがこうして勝負が着いてしまうと……。 それも、私の実力ではなく、レムの胸一つで決着してしまったと思うと 一気に興味が失せる。 勝ったような気もしないし、夜神も負けたとは思っていないだろう。 結果的にこうして私が支配者、夜神が被支配者という形に持って行けたが 達成感は全くない。 どちらかと言うと、厄介な荷物を背負い込んでしまったという感が強かった。 「諸事情でワタリと一緒に飛行機に乗る訳には行きませんので…… アイバー、ウエディ、護衛をお願いできますか?」 「ええ、良いですよ。当分オフにしてありますしね」 「か弱い女でも出来るかしら」 ウエディがわざとらしく頬に手を当て、困ったように眉を寄せるのに、 私も肩を竦める。 「何言ってるんですか。体術であなたに勝てる男性はそういないでしょう」 アイバーがネットで航空会社のサイトを開く。 「行き先は?」 「取り敢えずは……イギリスのサウスハンプトン。 ちょっとコネのある施設に行きます。そこから先の事はまたこちらで」 「おや、水くさいですね。最後までご一緒しますよ?」 「アイバー……私は確かにあなた方を信用していますが、 それはあくまでもビジネスパートナーとしてです。わかりますね?」 「これは手厳しい」 アイバーは苦笑して、両手を挙げた。
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