一盗二婢 3 翌日、モニタルームに現れた夜神に「おはようございます」と挨拶すると 何食わぬ顔で「おはよう」と返して来た。 さすがと言ってやって良いだろう。 一方松田は、見ていた私ですら何があったのかと思う程の 狼狽えぶりだった。 夜神が気を使って何度か声を掛け、やっと普段通りに近い態度になる。 私なら放置する所だが、夜神はやはりまめなのだろう。 だがそんな些細な事は吹き飛んでしまうような報告が入った。 「どういう事だ?……また犯罪者殺しが……」 火口が死んだ後に報道された犯罪者が大量に裁かれたのだ。 ここでキラ……どうなってる? 「しかしこれで本当に、もう一冊殺人ノートが存在している事が 明らかになったな」 「……」 夜神の言う通りだ。 確かに分かっていた事だが、それを駄目押しするようなこの殺人……。 「弥が自由になった途端ですね……」 「竜崎、まだそんな事を!」 白々しい……。 私には、弥に疑いを向けさせる為としか思えない。 だが、それでは夜神自身の首も絞める事にもなる筈……。 一体これは……。 「ちょっと、一人で考えさせて下さい」 「竜崎。この状況でそれは、」 「すぐに戻ります。 不真面目だと言うのなら、トイレ休憩だとでも思って下さい」 絡みつくような夜神の視線を振り切って自室に戻り、PCを開くと 随分気が軽くなった。 あの監視の目が、多少は堪えているらしい。 「……で。何でしょう」 スイッチキーボタンを押して起動を待ちながら言うと、 真横に白い影がふわりと降り立った。 「何か話があるんじゃないですか?」 私が弥の名前を出した時から、このレムという死神が 何か言いたげに私を見ていたのだ。 機会を作ってやると、案の定やってきた。 『L。……いや、L.lawliet』 「……」 フルネームで本名を呼ばれたのは。 十数年ぶりだった。 「一応ここもカメラ付いてるんで、不用意な事は言わないで貰えますか?」 『取引をしないか?』 「取引、ですか」 『おまえが月もミサも死なせないと約束すれば、私の知る真実を教えてやる』 「教えて欲しいですが、そんな約束は出来ません。 その真実とやらが私の予想通りなら、彼らは極刑に値する筈だからです」 本当は喉から手が出る程死神の証言は欲しい。 だが、夜神達を正当に裁けば、死刑を免れ得ないのも事実だった。 『取引をしなければおまえを殺すと言ったら?』 「やむを得ませんね。出来れば遺書を書いたり諸手続をする時間を下さい」 『L……』 私が一歩も引かない姿勢を見せると、死神は目に見えて肩を落とした。 『頼む……おまえを殺したくはないが、このままでは殺さざるを得ない』 「その理由も、今は教えてくれないんですね?」 『殺したくない理由の方は、それをすれば私も死ぬからだ』 「死神にも死があるのですか!」 死神は無敵だと思っていたので、意外だった。 案外この辺りから突き崩して行けるのではないか……。 いやその前に、取引とやらだ。 『ああ。そして私が死ねば、きっとミサは幸せになれない。 月に食い物にされて、月の為に死んでしまう事になるだろう』 「……良く分かりませんが、こうしましょう」 素早く頭の中で計算を巡らせる。 さっき、ああは言ったが私だって死ぬのは嫌だ。 この際、キラ捕縛は諦めて、キラの犯罪を止められれば良しとするか……。 いや、どうせ私も死ぬのなら、夜神を捕縛してから……。 その場合は……。 「……ミサさんに関しては、第二のキラとして、殺人手段を提出してくれるのなら 取り敢えずは不問とします」 『ああ。そうしてくれるとありがたい』 「また夜神月は司法の手に引き渡したら絶対に死刑になるので、 今後私の手で監視します。 ただ、将来に渡って何があっても殺さない、とは約束出来ません」 『それは困る。月にはミサと一緒にいて貰わなければ、 ミサは自分で死んでしまう』 「私が検閲したメールは許しましょう。少なくともミサさんが精神的に自立するまでは。 徐々にフェイドアウトして行けば、大丈夫ですよ」 『……分かった。ミサはあくまでも自由なんだな?』 「しばらく監視はつけますが、芸能活動は普通にして貰って大丈夫です」 レムはしばらく考えていたが、やがて殺人ノートのルールについて話し始めた。 取引成立だ。 「やはり、十三日のルールが嘘でしたか……」 『ああ。デスノートを破棄した場合、触れた者が死ぬというのもだ』 レムの現在の言動が、夜神の指示だという可能性はあるか? ……いや、ないな。 これが嘘なら、私にデスノートを破棄させて捜査本部を全員殺す狙いという 事になるが、そんな遠回しな自殺をする男ではない。 いかなる理由があれど、彼は自ら死を選んだりは、しない。決して。 「話は分かりました。 後は私が何とかしますので、必要な時は証言をお願いします。 また、夜神が死んでもミサさんには伝わらないように手配します」 その時レムが、何とも言えない奇妙な目で私を見ている事に気づいた。 死神は元々無表情気味だが、何時間も顔を付き合わせていると、 だんだん感情が読み取れるようになって来る。 『……L』 「何でしょう」 『おまえは、月が……死んでも良いのか?』 内心一瞬首を傾げたが、そう言えば今、死神はノートではなく 夜神に憑いているのだと聞いたばかりだった。 「見ていたんですか?昨夜の」 『ああ……最初だけだが』 私は、死神にも感傷があるのかと少し驚いたが、レムの弥に対する 思い入れからすると、当然のようにあるのだろう。 「死神はどうか知りませんが、人間も動物ですから。 愛だの情だのがなくとも、普通にセックスくらいします」 『……死神には、そういう行為自体がないから分からない』 レムはぼそりと言うと、壁の中へフェイドアウトして行った。
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