I spy 8 一体、どこから……。 ……コツ。……コツ。 狙撃されているんだ。 ……じゃり、じゃり、じゃり。 床の砂を踏みしめる音がゆっくりと近付いて来る。 ……ぱき。 ガラスか、木の枝でも踏んだのか。 ……じゃり……じゃり。 視界に。 銃を斜め下に構え、携帯電話を耳に当てたプーミパットが入って来た。 警官の制服を見て、飛び出そうとするプロイの口を押さえる。 「……ラージ?」 「……」 「どこですか?もう大丈夫です。出て来て下さい」 出るわけには行かない。 いくら覆面をして鈍器を持っていたからと言って、警告もなくいきなり射殺する警官があるか。 プーミパットには覆面三人組を即射殺する必要があった。 何故か? 私を助ける為では断じてない。殺す必要まではないからだ。 という事は、口封じだ。 プロイと私の会話を聞かれたから。 我々の会話の中に知られたく無い情報があったとするならば、我々の命も危ないだろう。 何か投げて、そちらの物音に気を取られている一瞬に正面入り口を突破する、か。 ……いや。 そう言えばプーミパットは裏口からこっそり入って来た。 という事は、元々このアジトを知っていた……? 三人組と自分が顔見知りである事を私に知られるよりも、彼等を消す事を選んだ……。 とするならば、まだ目はある。 コンマ五秒ほどで計算すると、私はプロイの襟首を掴んで立ち上がった。 「ありがとうございますレック」 「ああ、そこでしたか!間に合って良かった」 「いきなり襲いかかってきて、誘拐されてしまいました」 「あの電話は咄嗟の機転だったんですね、すぐに場所が分かりました。お見事です!」 安心したように眉を開き、プーミパットは携帯電話を胸ポケットにしまう。 「……しかし射殺する事はなかったのでは?」 どんな顔をするかと思ったが、プーミパットは冷たい笑顔を見せて横たわった覆面の一人の腹を蹴った。 「世界の切り札を守る為です。やむを得ません」 この反応。 ただの歪んだ正義感……か? 「せ、世界の切り札って何?あんた有名人なの?」 「いいえ。違います。その関係者ではありますが」 とりあえず、今すぐ殺される事はなさそうだ。 私はプロイの手を引いて、店の外に出た。 プーミパットは監視するかのように後から着いてくる。 イヤホンからは、夜神の、喘ぎ声のような嗚咽のような声が聞こえていた。 『そんなに隠す事かね?命より大事な秘密なのかね?』 どうやら私の言いつけを守って、ロレックスの出所を言っていないらしい。 しかし一体どんな状況になっているんだ……。 「プロイ。あなた、私の連れが連れ込まれているであろう部屋を知っていますね?」 「分からない……」 「分からなくとも連れて行って貰います。命が掛かってるので」 「痛い!そんなに強く掴んだら、」 プーミパットがすっ、と我々の間に入り込んで来た。 「まあまあ、ラージ。相手はまだ子供じゃないですか」 「その子供が、色々と鍵を握ってるんです。 あなたもこの子と私の会話を聞いていたんでしょう?」 「聞いていません」 「は?」 「聞かなかった方が良かった会話です。あなたも」 「レック……」 プーミパットは見た事のない厳しい顔をして、私の腕を掴む。 「ラージ。心の底からお願いします。今すぐこの国から出て頂きたい」 「嫌です。まだ何一つ解決していない。連れも誘拐されたままだ」 「彼は何です?大事な恋人か何か?」 「まさか。仕事仲間です」 「ならば、切り捨てて下さい。“L”の為に」 反対側の腕に、ひんやりとした柔らかい物が巻き付く。 一瞬大きな蛇を連想したが、それは当然プロイの腕だった。 私とプーミパットが言い争っている間、いくらでも逃げる隙はあったのに逃げなかったのか。 「ラージ。分かった。あんたの仕事仲間の所へ案内するよ」 何故かプーミパットを睨みながら言う。 「駄目だ」 プーミパットは、ニ、三歩離れて銃を構えた。 数少ない通行人が、小さな悲鳴を上げて駆けていく。 「ラージ。俺の後ろへ」 プロイが両手を広げて、私の前に立ちはだかる。 「プロイ」 「大丈夫だ。警官は俺に絶対に手を出せない」 「どうしてそんな事が」 「今までの経験上だよ」 そんな馬鹿なと思ったが、実際その通り、プーミパットは銃を構えたまま、微動だに出来ないようだった。 「WSホテルの1505」 「はい?」 「ワイズがずっと使っている部屋だ。そこしか知らない」 「ありがとうございます」 プロイにはもっと聞きたい事があるが、今はワイズの方が優先だ。 私は走り出しながら、マイクをオンにする。 「Go」 短く言っても当然夜神からの返事はなかったが、安心したように荒く息を吐くのが聞こえた。 『お願いですから……もう、解放して下さい……』 『ならば吐く事を吐こうか』 『時計は……一昨日の夜、パッポンの夜市で買ったんです……』 『嘘を吐け!』 『本当です。細かい場所や、売った男の人相だって言って良い』 『ならば何故、今まで吐かなかった?』 『あなたは本物だと言っていたから、信じて貰えないと、思って……』 よしよし、中々上手い。 私はWSホテルに入り、フロントの前を通り過ぎようとした。 その時、またひんやりした手に、手首を掴まれる。 『最初は箱がないから十万バーツとか言っていましたが、最終的には千五百バーツになっていました』 『有り得ん』 『だから、まさか本物とは思わなくて』 夜神の会話を聞きながら振り向くと、そこにはプロイが居て、あの印象的な目でじっと見上げていた。
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