Dragon fall 1 そしてその後ろに何とプーミパットが居る。 「なっ……」 「この警官、本気であんたを助けたいって言ってる」 「……」 「大丈夫だ、いくら何でもこんなホテルの中で発砲は出来ない。 連れて行ってデメリットはないよ」 プーミパットもプロイの眼力にやられたのだろうか。 イヤホンの中では、ワイズとサラワットなのだろう、低く長い呻き声が聞こえていた。 『どうだ?』 『そうだな……気の毒だが』 夜神は無関係だと判断したか。 だが彼等の裏の顔を知ってしまった以上、生かしてはおけない、と。 私は無言でプーミパットに向かって頷くと、エレベータに向かった。 『君がもう少し馬鹿だったら、口止めして解放した。 だが、昨日からの遣り取りを思えば、君を帰す事は我々の命取りになると思う』 『そんな事、しません』 弱々しい夜神の声に、サラワットの無機質な声が重なる。 『いや。君は優しげな顔をして、一度自分のプライドを傷つけた人間を絶対に許さない男ですよ』 『……』 『私自身がそうだから分かります』 サラワットもなかなかの慧眼だ。 そう。 夜神は許さない。彼の中に『許し』という物は存在しない。 いくら従順な振りをしていても。何年経っても。 『そうだな。君の言う、待っている恋人とやらが昨夜のラージなら、きっと二人でこの国を転覆させる位の事はするだろう』 『……あいつはただの、客です』 『今となってはどちらでも良い。だが私は本当に、君を気に入っていたんだ。 最後に天国を見せてあげるよ』 ワイズが言った後、マイクはかちゃかちゃと薄いガラスが触れ合うような微かな音を拾った。 『……何ですか、それ』 『“S”を知っているかね?』 『スピード、ですか』 『経験は?』 『あるはずがない』 くふ、くふ、と、低い笑いが聞こえる。 これもワイズの声だ。 『本当は直腸から入れてあげたい所だが、それだと私まで摂取してしまう可能性がある』 『やめて、下さい』 『最高のセックスを教えてあげよう。 信じられない程大量の精液が出る。 一晩中何も考えずに腰を振っていられるんだ』 不味い、依存性のある覚醒剤を打たれては。 その時、エレベータが目的の階に到着した。 私は再びマイクに向かって話し掛ける。 『ジャン、無問題(モーマンタイ)です』 『没問題(メイウェンティ)だろ……“ジャン”なら』 『何を言っている?喋るなら英語で喋りなさい』 どす、という砂袋でも落ちたような重い音。 腹でも殴られたか。 「一刻を争います」 「では、ドアをぶちこわしますか」 「あ、俺合い鍵持ってるから」 プロイの声に拍子抜けし、私は力なくそのドアをノックした。 イヤホンから、二人が戸惑っている様子が窺える。 『誰だ?』 「ルームサービスです」 『部屋違いだ。帰れ』 「1505と伺っています」 プロイに目配せすると、素早く部屋のキーを開けた。 プーミパットは銃を構え、三人で一気に踏み込む。 「なっ、」 「どういう事だね!」 「プロイ?」 「プロイ、まさか、一体、」 プロイと彼等はどうやら顔見知りらしい。 「年貢の納め時だぜ、おっさん!」 プロイは得意げに言い放ったが、ワイズとサラワットは戸惑っているだけで恐れている様子はなかった。 部屋の奥に目を遣ると、リクライニングチェアに縛り付けられた夜神が、 「遅い」 と、静かだが怒気に満ちた声を出した。 何やら見覚えのない赤い服を着ていると思ったが、どうやら胸や腹を剃刀のような物で薄く何度も切りつけられたようだ。 その左腕にはゴム管が縛り付けられていて……もう静脈注射されてしまったのか?
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