I spy 7 服装と体格からタイ人かと思ったが、意外にも滑らかな英語を使った。 「その子を下ろせ」 仕方なく下ろし、手を挙げる。 「あんたら……前にも」 プロイも戸惑った声を出した。 どうやら仲間ではないらしい。 「すみませんでした。この子は放しますので、もう行っていいですか?」 「ダメだ」 男達は得物を下ろさなかった。 隙がない……ただのチンピラではないらしい。 だとしたら一対三は辛いな。 その時、ずっとごそごそと音がしていたイヤホンから、小さな破裂音のような音が聞こえた。 『痛い!』 夜神の声。 が、やけに小さくくぐもって聞こえる。 さきほど聞こえていたのは、マイクがついたジャケットを脱がされた音だったのか。 どうやら動けない状態にされて、平手打ちされたらしい。 『ん……ここ、は……ホテル?アンディのホテルじゃないな?』 夜神もマイクが近くにない事に気付いたのだろう。 やや張った声で、さりげなく場所を説明する。 出来れば返事くらいはしてやりたいが、こちらもそんな状況ではない。 『何故、こんな事を』 『君は色々知っていてはいけない事を知っていそうだからね』 そうしている間にも、目の前の男達はじりじりと迫って来る。 どうやらプロイには害を為すつもりはなさそうなので、私はプロイのベルトを掴んだ。 「一緒に来て貰おう。何を知っているか吐け」 笑える程、夜神と全く同じ状況じゃないか。 こちらの方が身体の自由が利く分、少しはマシだが。 男達に着いて行きながら、イヤホンからの音声に耳を澄ませる。 『何の、事ですか』 また、破裂音。 『おいおいルネ、折角の顔を、あまり痛めるなよ』 『おまえがこのガキを気に入ったのは分かったが、生かしておけない事は分かるな?』 『目と足を潰して家の中で飼っておけばいいじゃないか』 『そうやって飼った前のガキはどうした?』 『……』 『もう始末したんだろう。どうせ飽きるんだ、危険を冒す事はない』 サワラットのニックネームは、ルネ。 ワイズのフランス時代の知り合いか、後で検索しようと脳に刻む。 私とプロイは、ソイ・トワイライトの丁度向かい、パッポンとタニヤの間の路地に連れ込まれた。 人通りのなさから見て、袋小路かも知れない。 外国人向けらしいホテルの看板がいくつか目に付いた。 私はポケットの中に手を入れ、携帯端末を操作する。 手探りで上手く行くかどうかは分からないが、 『ラージ?』 すぐに、イヤホンにプーミパットの声が聞こえた。 上手く通話したらしい。 「これって、誘拐になるんですか?」 ポケットの中に届くよう大きな声で言うと、三人組はぎくりと止まる。 「何か訊きたいそうですが、私は何も知りません。 金持ちでもありませんから身代金も取れません」 『ラージ!』 「ここはスリウォン、ですね。という事は私のホテルのすぐ傍です。 このバヴァナホテルの、表側の向かいです。 このまま返して貰えれば大事にはしませんが?」 あのプーミパットを当てにするのは心許ないが。 自分の身が救えなければ、夜神も救えない。 折角なので出来るだけこの場から移動したくなかったが、男達は我々を鉄パイプで小突きながらすぐ傍の空き家らしい店に連れ込んだ。 「しかしあんた、本当に何者なんだ?何故アイスを知っている?」 中は外観から想像されるより大きなホールだった。 窓から入るネオンの光以外に明かりないが、隅に積まれた埃だらけのテーブルと樹脂で出来た恐らく原色の椅子群は見える。 プロイは辺りを見回す暇もなく、男達より先に質問してくる。 さっさと私から情報を引き出して解放されようという肚なのか。 男達も何も言わず、耳を澄ませているようだった。 「今大使館のパーティの帰りです。 そこで彼のピアノ演奏を聴いて、少し話をしました」 プロイは鬘を直し、心底不思議そうな目で私を見上げる。 「本当にあんた、何者なんだ……?あいつと話せるなんて」 「まあ、そういう立場ですよ。アイスと寝てはいませんけどね」 勘で鎌を掛けたに過ぎないが、プロイは諦めたように溜め息を吐いた。 周囲の男達が何者の手先で、どこまで知っているのか気になるが、今は黙っていてくれるならそれでいい。 この機に、プロイから聞き出せるだけ聞き出さなければ。 「そこまで知ってるのか……」 「で?ロレックスはどうしたんですか?」 「何だよ……本当に、何でそんな事知ってるんだ。探偵なのか? どうしたって、盗まれたんだよ」 「あれが本物だって知ってました?」 「んな訳ないだろ。十五のガキが持ってたんだぜ?」 プロイの前にはアイスが持っていた……? しかしこの少年は、全てを知っている訳ではなさそうだ。 どこまで引き出せるか。 「そのロレックスの事で、連れが迷惑してるんです」 「そんなの知らねえよ」 「で。結局アイスとはどういう?双子ですか?」 「それこそ、そんな訳ない。 あっちはジャドゥポーンの御曹司だぞ?」 「他人の空似ですか」 「当たり前だ」 ならば何故知り合いなのだ……と訊けば、こちらが何も分かっていない事が分かってしまう。 さて……。 私は男達に向き直った。 「聞きましたか?」 「……」 「我々から何を聞きたいのか知りませんが、今のが知っている全てです。 これ以上は逆さにして振っても何も出て来ませんよ?」 男達はたじろいだようにお互いに顔を見合わせると、タイ語の小声で何か喋っていた。 やがて、一人が一歩前に出た時。 突然。 パン! パンクするような音と共に、横に吹き飛んだ。 私はプロイの頭を抱え、物陰に転がり込む。 「ウィ?!」 「ジャイイェン、」 パンパン! 息吐く暇もなく、残りの二人もばたばたと倒れた。
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