I spy 6 音声は聞こえているが、カメラ画面は時折ガタガタと揺れるだけで、ほぼ動かない。 眼鏡は車の床に放り出されてそのままなのだろう。 私はGPS画面に切り替えた。 急ブレーキに顔を上げると、プーミパットがルームミラーの中で泣きそうに眉を寄せる。 「す、すみません!信号で先に行かれてしまいました」 「大丈夫ですよ。パッポンに、向かって下さい」 「パッポンに?」 車は……予想出来た事ではあるが、歓楽街に向かっているらしい。 サラワットが何者かは分からないが、悪趣味な仲間なのだろう。 これは、踏み込んだ方が良いのか。 それとも、夜神が輪姦されて時間を稼いでいる間に、何か打てる手があるか。 「ここで良いです。あとは歩きます」 「いえ!お供します」 「悪いですが、手伝ってくれると言うのならこの辺りで待機していて下さい」 「しかし……一体何がどうなっているのですか?」 「後で説明出来ると思いますよ」 「L」 眉を顰めてドアを開けると、運転席から長い腕が伸びてきた。 「どうか、どうか気を付けて下さい。私は、」 「大丈夫です。あと何度も言いますが、私はLではありません」 「私を、頼って下さい。ずっと待ってますから」 「はい。私だって何も命を粗末にしようというのではありません。 いざとなったらお願いします」 プーミパットがなかなか手を離してくれなくて苛々したが、我慢強く待っていると名残惜しげに離してくれた。 こいつもゲイなのか? どうなっているんだこの国は。 大通りを渡り、まずタミヤ通りに入る。 GPSを確認したが、イギリス国内とは違って相当近付かないと細かい地図が出ない。 プーミパットのバカのせいで先回りも出来なかった……参ったな。 と、その時。 シャッターの閉まった薬局の前で、足を組んで電話をしている少女を見かけた。 また同じ白いワンピースだ、あまり服を持っていないのかも知れない。 「すみませんお嬢さん」 あの目でこちらを軽く睨み上げた後、無視して早口のタイ語で何か喋っていたが、やがて乱暴に通話を切った。 「何!」 ……やはり、あの少年だ。 妙に人を惹きつける目と、黒い髪が僅かに上気した頬に掛かっている様が、ぞっとする程美しい。 やはりアイスにそっくりだが、どう考えても先回りは出来ないから、やはり別人なのだろう。 「私の連れ、見ませんでした?」 「は?誰!あんた!」 今日は地声で、ブロークンながら英語で答える。 日本語よりは達者なようだ。 「一昨日少しお話したんですが。無一文でパッポンにいた、」 「ああ、」 少年は思い出した様子だったが、興味はなさそうだった。 「連れって、王様と同じ位の金持ってるっていう?」 「はい。覚えていませんか?」 「覚えてる。あんたの顔は忘れてたけど、連れの顔は反芻してたから覚えてたよ」 「覚えてた……という事は、見たんですか?」 「さっきね」 「どこへ向かいました?!」 「一文無しに伝える事なんか何もない」 ぷい、と顔を背けた少年は、しかしすぐにこちらを見直した。 「……と思ったけど、今日はえらく高そうな服着てるじゃんか。 もしかして金が入ったのか?」 「入った……訳では無いですが、今日は一文無しではないですよ」 ポケットから一枚札を取り出して渡すと、少年は飛び上がって私に抱きつき、頬にキスをしてきた。 「そう来なくっちゃ!いくらなら買う?」 「何をですか?」 「俺だよ!俺」 「あー……すみません、今日はちょっと急ぎで。 連れの行き先を教えて貰えませんか?」 「何だつれないな。あんたの連れも、良いスーツ着てたよ。 でも酔いつぶれてたのかな、おっさん二人に引きずられてた」 どうやら本当に見たらしい。 そしてかなり記憶力の良い子だ。 「どちらの方へ行きました?」 「案内してやるよ」 方角さえ教えて貰えば良いのだが。 チップの増額を狙っているのだろう。 「ありがとうございます。そう言えば、名前を未だ聞いていませんでしたね」 「プロイだよ。あんたは?」 ……! ワイズとサラワットが言っていた、名前。 「ラージです……プロイとは、どういう意味ですか?」 「宝石」 「よくある名前なんですか?」 「相当多いだろうね。特に女には」 偶然……そんな訳があるか。 「アイ、あるいはアイスという名前に、聞き覚えは?」 プロイはギョッとしたように立ち止まると、突然踵を返して無言で走り出した。 反射的に追いかけたが、スカートが足に絡んで、すぐに捕まる。 「放せよ!何者なんだあんた!」 「それを聞きたいのはこちらです。 あなた、アイスの何なんですか?」 見ると、前髪が急激に長くなっている。 鬘がずれたのだろう。 その下は恐らく……アイスと同じ髪型になっているのではないか。 我々の様子は痴話喧嘩にでも見えているのだろう、特に注目されているという事はないが、聞かれるのも不味い。 私はプロイを抱え上げ、細い腰を肩に担いだ。 「嘘だろ?下ろせよ!連れの行方を教えてやらないぞ!」 「方角さえ分かれば大体見当つきます」 狭い路地に入り、パッポンのホテルに向かう。 元々死んだ官僚達の滞在していたホテルを選んだのだ、ワイズ達の行く先もそこだろう。 その時、目の前の看板が突然ガンッ、と鳴った。 顔を上げると、鉄パイプを構えた三人の覆面男に囲まれていた。
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