I spy 5 「夜神くん。そいつの顔を見せて下さい」 『やっとか……』 伝えたい情報があるのに私のレスポンスがなくて気を揉んでいたのだろう、思わず、と言った調子の呟きが聞こえる。 『何か言いましたか?ジャン』 『いえ何でも。僕はあなたの事を怖いとは思いませんでしたよ』 そう言って、顔を上げたのだろう。 そこには、少し若い鷲鼻の目つきの鋭い男が映っていた。 タイ人のようだが、彫りが深い。インド系の血が混ざっているのか。 優しげな口調で愛想良く笑ってはいるが……人を殺した事のある目、だな。 『アンディはどうだった?初めてサラワットさんと会った時は』 アンドリュー・ワイズの事を、既にアンディ呼ばわりか。 距離を縮めるのが上手いな。 『私は怖かったね。今でも怖い。特にそのガーゴイルが』 笑い混じりにワイズが答える。 カメラの中で、サラワットが夜神に手を伸ばしてきた。 『ところでこれは、君の物かな?』 左手首の四十ドルロレックスに触れる。 『ええ』 『少し見せて貰って良いでしょうか』 『良いですよ』 夜神が軽く答えて外すと、サラワットは小さな虫眼鏡を取り出して裏蓋を観察した。 しかし、その様子はどこかただ事ではない。 『……どこで手に入れた?』 『え……台湾で』 『本当に?』 『何かおかしい所がありますか?』 それはおかしいだろう。 何せ四十ドルで、ロレックスなのだから。 『別におかしくはない。正真正銘、ロレックスデイトナだよ』 『……』 私も思わず止まってしまう。 私にブランド物の真贋を見極める目はないが、本物……だと?まさか。 「夜神くん。取り敢えず、その時計の出所は言わないで下さい」 『ただここに特注の刻印があってね……まさかとは思ったが、本当にあの品だとは。 本来なら、タイ国外に出る筈のない物だ』 『意味が、分かりません』 『私もだな。何故君が嘘を吐くのか、それが分からない。 これはタイ国内で手に入れた物ですね?』 『……』 『どこで手に入れたんだ?』 『……』 その時、眼鏡サイドのカメラにワイズの顔が近付いて来て、フロントカメラが揺れた。 どうやら強く抱き寄せられたらしい。 『そろそろ行こうか、ジャン』 ワイズが酷く優しく囁く。 正面ではサマワットも目を細めていた。 だが、脂汗が出るような、目だった。 私が建物の入り口に戻ると、暇そうに携帯電話を弄っていたプーミパットが、慌てて直立する。 「帰ります」 「え、急ですね。もう調査は終わったのですか?」 「いえ。尾行して欲しい車があります」 「尾行……」 駈け足でパーキングに走る。 車を出させてロータリーの端で待っていると、やがて車寄せにワイズの乗っていた黒塗りの車が現れた。 「あれです」 「難しいですね……」 「大体同じ方向に行ってくれれば良いです」 後部座席に座り、携帯端末を取り出す。 いつでもGPS画面を出せるようにして、もう一度夜神のカメラに切り替えた。 『二人一度に相手というのは、さすがの僕でも辛いですね』 『まあそう言わずに頼むよ』 そんな会話と共に、揺れる画面がポーチと車を映し出す。 肉眼でもワイズとサラワットに両脇を抱えられた夜神がエントランスに現れたのが見えた。 『実は今、恋人と住んでいるんです。今夜僕が戻らなければ、通報しますよ』 『構いませんよ』 一見落ち着き払った夜神の声と、サラワットの返答。 『今大声を出すのは?』 『それは煩いな』 車の内部の画像。 そして一瞬の映像の乱れの後、くるくると回って何かパイプのような物を映し出して静止する画面。 『物騒だ』 『スタンガンくらいでガタガタ言うな』 しかし何者なんだこの子は』 どうやら夜神は一瞬で気を失ったらしい。 気配が消えた。 『分からない。彼を手に入れたのは、本当に偶然だ。 ゴーゴーバーで、私の方から声を掛けなければ接点はなかったと思う』 『時計、取っておけよ。 あと、財布やパスポートを持っていないか調べろ』 『そう焦るな……夜は長い。時間はたっぷりある』 どちらの物か、忍び笑い。 『どうする……プロイも呼び出すか』 『そういう訳にも行くまい』 『訊いてもどうせ盗まれたとでも言うのだろうが。 こっそり金を作っている、などという事になったら』 プロイ……という人間が居て、それがロレックスの本来の持ち主らしい。 それは贈られたか預かったかした物で、本来手放して良い物ではなかった。 それを夜神が持っていたという事で、コソ泥なのか、それとも“プロイ”の仲間なのか、見極めかねている、と言った所か。
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