不眠症 2 「……」 「……」 分かっていてぴくりと動いてしまったのは、口惜しいが。 竜崎の指は不躾に僕の頬を撫で、耳の形をなぞった後、 首筋に当てられた。 それでも、動かないでいると。 竜崎は小さく息を吐きながら身体を起こし(衣擦れが驚くほど大きく聞こえる) こちらの方に近付いて来て。 そしてそのまま……。 ずっと見つめていてゲシュタルト崩壊していた黒い瞳が、 どんどん大きくなって来る。 すっ、と斜めにずれたと思うと、口に温かく柔らかい物が押しつけられた。 「んっ……」 髭の剃り跡が、少し硬いと思う。 入り込んでくる舌が、やけに熱いと思う。 何よりも、あの目から解放された事に安心し、男とキスをしているという現実から 何となく目を背けている内に、竜崎の顔は離れて行った。 ……離れてもまだ僕の目を見つめていたのには、殴ってやりたい程苛々したが。 「……夜神くんは、どうして受け容れたのですか?」 長い無言劇の後、唐突に囁かれた言葉は 妙に大きく響いた。 「え……何を?」 「こうして私と暮らす事を、です」 ……キスの事かと思った。 聞かれたらどうしようかと思ったので、少し安堵する。 「それは、お前が言い出した事だろ?」 「そうです。そしてあなたはそれを受け容れた。何故ですか?」 何故って。 それは。 「キラだから。ですよね」 「……え?」 「キラとして、逮捕しない代わりに私の物になる。 そういう事でしたよね?」 ……竜崎? 「いやいや!何を言ってるんだ?」 「松田さんに言われたんですよ。月くんが惚気て来て困るって」 「別に惚気てなんか、」 「あなたが告白して来て、私が受け容れた。 対外的にはそうなっています」 は? 「本当に、何言ってるんだ? 父さんが僕とミサを連れ出して、撃とうとしたのに 反撃できなかったから僕達のキラ容疑が晴れて。 それでも納得出来ないから、二十四時間監視するって、」 「それは手錠で繋がる前の話ですよね?」 「あ……」 そうだ。 ……今現在、竜崎と僕は、 手錠で繋がっていない……。 だから時々、竜崎が居ない時に松田さんに竜崎の事を愚痴ったりした……。 「ならば何故『現在』、あなたは私と共に暮らし、同じベッドで寝ているのですか?」 それは。 「何故、私の為に料理を作り、私のキスを受け容れるのですか?」 それは……。 ……僕は、竜崎と共にいなければならない。 逃げれば破滅だ。 だって僕は。 僕は……。 「……好きだから」 「夜神くん」 「お前を、愛してしまったからだ」 そうだ。 僕は竜崎を。 だが言葉にすると、何故か涙が零れた。 「夜神くん……」 竜崎は、何故か酷く切ない顔をして僕の顔を引き寄せ、 涙を舐め取った。 「あなたは……キラではないのですね?」 「当たり前だ」 「また、記憶を手放したのですね……」 「竜崎……!」 その時、甘い物を摘んでばかりの無骨な手が、僕のパジャマの中に入り込んでくる。 素肌の背中を撫で下ろした指が、ボクサーブリーフの、中に。 「竜崎、ちょっと、」 「何ですか?私が好きなんですよね?だから一緒に寝ているんですよね?」 「そうだけど!ちょっと、急過ぎるというか、」 「手錠をしていた頃から数えれば数ヶ月、こうして同じベッドで寝ています。 指一本触れずにです。 心構えする時間は十分過ぎる程あったと思いますが?」 「……でも」 「捜査本部の皆さんだって、まさか私達がまだ繋がっていないなんて、 思ってもみないと思いますよ」 ……『こちらが睡眠不足になる事も考えて欲しいです』 松田さんや、模木さんの気まずそうな顔が思い浮かぶ。 そういう事か……。 今更ながら、頭を掻きむしりたくなる。 「私の事、愛しているんですよね?」 「うん……」 ……『父さん。本当にごめん。一生に一度の我が侭だ』 父の前で深々と頭を下げて、竜崎を好きになってしまったと、 一緒に暮らしたいと頼んだ。 目から零れた涙が、みるみる遠ざかって床に落ちて弾けた。 光景はよく覚えているのに……その時の気持ちが思い出せない。 いや。 僕は。 「好きだよ、竜崎」 「はい」 自分から望んで、こうして竜崎と暮らしているんだ。 僕はきっと、竜崎が好きなんだろう。 好きで無ければおかしい。 でなければ。 僕は。 自らパジャマのボタンを外すと、竜崎はもう一度切なげな表情を浮かべた後、 「牡」の顔になった。 僕は女みたいに服を脱がされ、愛撫されながら、 これが幸せなんだ、幸せなんだと、頭の中で念じ続けていた。 --了-- ※白月だからって頭が弱い訳じゃない筈なんですが、何かこうなります。
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