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次に目覚めたのは、狭い小屋の中のような場所だった。
目の前に、力なく開いた自分の膝と古びた木の床が見える。
僕は制服のジャケットを脱がされ、固い木の椅子に縛り付けられていた。
両手も肘掛けに革ベルトで固定されている。


「お目覚めかな?」


声に、思わず口の中で小さく舌打ちしてしまう。
顔を上げると、それまで気配を消していた黒髪の男が胡座をかいて座っていた。
そうだ、僕はこのLを名乗る男に誘拐、されたんだった。

証拠もないのに僕をキラと決めつけ、そんな物は後でいくらでも見つけてやる、と。
それから、そう、


『キラの自白が取れるまで監禁する』

『調教しがいが』

『精々いい声で啼くのを楽しみにしてるよ、キラ』

『余り私を楽しませない方がいいぞ、夜神月』


目眩がしそうな台詞の数々。

現実逃避ではないが、僕は頭を覚醒させる為にまず辺りを観察した。

四畳半ほどの部屋、天井もやや低い……が、昔の日本家屋はこんなものか。
窓は一つ、右手の壁の腰ほどの高さより上に、六つに区切られた木枠の物がある。
磨りガラスで向こう側は全く見えないが、外は明るそうではあった。
構造からするとどうやら嵌め殺しらしい。

天井からは、映画の中でしか見ないようなシンプルな傘のついた裸電球がぶら下がっていた。
百年近く前からある、電球のソケットの横にスイッチレバーがついているタイプだ。

一応電気は来ている、か。
だが町中だとも思えない。
生活音が、車の音や人の声、空調の室外機の音などが一切しない。
静かだ……。


「何を見ている?」

「……別に。この部屋、出入り口がないと思って」


左の壁はのっぺりした何も無い板張りで、首を捻っても僕の背後にも戸口はなさそうだ。
まあ、真後ろにあって見えないだけだろうが。


「そう。お前が自白するまでこの部屋から出られない。
 お前も、私も」


本気じゃないだろうな……。

僕の正面、床に座ったLの背後の壁が一番異様だった。
一面にフックがついていて、縄や手錠、ナイフ、工具、何だか分からない拷問道具のような物が所狭しと何十も掛けてある。
恐ろしい事に、斧やのこぎりまであった。
そのせいで、取り敢えず逃げたり暴れたりする気にはなれないのだが……。

僕が持っていた鞄まで掛けてあったのにはちょっと笑ってしまいそうになった。


「そう。いきなりで悪いけど、トイレに行きたい」


おまえだって生理的欲求には逆らえないだろう?
そう思ったが、男は口の端だけで笑った後背後のフックの一つから溲瓶を取り外した。


「どうぞ。ああ、手が使えないんだったな。手伝うよ」

「そ、そっちじゃない!」

「大きい方?分かった」


Lは立ち上がり、僕の前に来てジーンズのボタンを外す。


「何、するんだ」

「脱がせる。から、その場でしたらいい」

「そんな事出来る筈ないだろう?!」


彼は鼻先同士が付く程顔を近づけると、ニヤリと笑った。


「そんな事、ね。
 それももうどうでもいい事だと思うような体験をするハメになるよ。
 早めに自白しないと」

「……トイレに行きたいと言ったのは、嘘だ」

「そう」


Lは鷹揚に笑うと、立ち上がった。
そんな事分かっていたといった顔だ。

早速訊問が始まるのかと思って身構えたが、彼は何も言わない。
代わりに僕に背を向けて、壁に掛かった道具を吟味するように見始めた。
微かに、何か鼻歌を歌っている。
賛美歌……いや、パッヘルベルのカノンか?


「おい、」

「……」

「おい!」


繰り返される旋律に、苛立って声を荒げると彼は何か電動ドリルのような物を持って振り向いた。


「訊問、しないのか」

「しただろう?私の質問はただ一つ。お前がキラだろう?、だ」

「違う」

「ああ、それは聞いた。
 だから、本当の事を言いたくなるまで私のやりたい事を続けるだけだよ」

「何だよ、それ……」


Lは答えず、ドリルのコードを延ばしてプラグを電灯の下に出ていたコンセントに差し込む。


「というか、僕がキラかどうか以前に、あなたがLだっていう証拠もないんだけど」

「もうそんな段階じゃないって分かってるんだろう?
 時間稼ぎのつもりなら無駄だよ。時間はたっぷりある」


Lが引き金のようなスイッチを入れると、キュイーン……と高いモーター音が鳴った。


「私がLであろうがなかろうが関係無い、お前は自白するしかないんだ。
 と言っても、あまり早く吐かれてもこっちも楽しめないからね。
 せいぜい頑張ると良い」

「……それは何」

「お医者さんごっこは嫌いかい?」


まさか。
男の骨張った長い指が、いきなり僕の口をこじ開ける。


「動くなよ?傷はつけたくないんだ」


回る、細いドリルがどんどん顔に近付いて来る。
そんな、もっと、前段階で使う物があるだろ、

壁に掛かった乗馬用の鞭に向けた視線に気付いたのか、Lは一旦ドリルを上げて笑った。


「鞭や斧は飾りだよ。今の所はね。
 その身体に外から分かる傷は付けないように言われているんだ」


それから、もう一度ドリルが。
嘘だろう?
脅しなら、もう少し前置きが、

と考えている間に口の中に本当に回転する刃が入って来て、顔から血の気が引く。
貧血になったのか、情けない事に頭がふらふらする。
奥歯、というか頭蓋に衝撃を感じた瞬間、それが痛みとも認識する前に、僕は気を失っていた。






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