藪の中 3 【月の話】 ああ……まあ、キルシュ・ワイミーが遺したというワイミーズハウスの 存在を知った時、ニアやメロのようなLの後継者がいるかも知れない、というのは 予測していたよ。 ニアの似顔絵、失踪時期から大体の年齢も計算出来ていた。 けれど実際に会うと……やはり驚いたな。 その若さ。 というか、幼さ。 十代始めか、せいぜい半ばに見えたけれど実際どうなんだろう。 とは言え、勿論侮った訳では無いよ。 実際「N」は僕を追い詰めたしね。 「いいえ。あなたは……ただの人殺しです。 そしてこのノートは、史上最悪の殺人兵器です」 ああ。その瞬間、駄目だコイツと思ったよ。 何も分かっちゃ居ない。 本当に、本当に残念な馬鹿だ。 その馬鹿に追い詰められてるんだから世話はないが。 「私もあなたと同じです」 「自分が正しいと思う事を信じ、正義とする」 違う。全然違う。 ニアと僕とは。 正しいとか正しくないとか。 それは信じるのではなく、自分で作り出す物。 神という物がもしあるのなら、神の行いは全て正しいのだろう。 戦争も大災害も、地球が滅びる事さえ。 だが僕は人類なので、出来るだけ沢山の人間を生かす手段を取る。 それは僕の独断だが、決して間違えてはいない。 もっと言うのなら、この僕にデスノートが降ってきた事すら、神の行いだ。 ならば僕の行為は神の意志、正しいか正しくないか、そんな事は問題ではない。 ニア。 もとい、ネイト・リバー。 「正しい者が勝つ」んじゃない。 「勝った者が正しい」んだ。 それは、おまえにも分かってるよな? 僕はさりげなく離れ、腕時計を持ち上げた。 目立たないように竜頭を四回引く。 死神が消えて行った時。 何故か背筋が寒くなった。 もしかして僕は、とてつもない失敗をしたのではないかと。 いや、魅上にニア達の処分を任せた事じゃない、 それよりも。 もしかして、死神に殺されておいた方が、まだマシだったんじゃないか? という、不条理な不安。 「では、夜神の身柄は私が預かります。 レスター、ジェバンニ」 「待て!」 「何ですかミスター……アイザワ」 「我々だって長い間キラを追ってきた。あなたがたよりずっと前からだ」 「ずっと前からキラを飼って、Lを殺させて、私の捜査の邪魔をしてくれましたよね?」 「……」 「まあ、あなた方には夜神に対する情も恨みも人一倍ある。 冷静な取り調べは出来ないと思いますよ」 「……日本の司法の手に、引き渡す」 「本当にそれを望んでいるのですか? 自らの数年に渡る無能が白日の下に曝される事を? その期間に死んだ者達に、逆恨みとは言えどれほど怨まれると?」 「……」 相沢は、黙って拳を震わせた。 ニアはそれを見ても無感動にスッと視線を逸らす。 「レスター。手当と拘束を」 「はい」 血を流しすぎたのか、痛みからか。 その記憶を最後に僕は意識を失った。 それから何度か意識は浮上したが、目隠しをされていた上に 麻酔か何かで朦朧とさせられ、自分の位置が全く把握出来ていなかった。 どこか到着した場所で少し歩かされ、漸く目隠しが取られたのは 恐らく日本ではない場所だった。 地下なのか窓を塞いであるのか、天然の光が全くない、広くて薄暗いドーム。 その無骨な広間の真ん中に、幕の掛かった装置がある。 ……いや、装置じゃない……ただのベッド、か? どうやら不似合いな、アンティークな天蓋付きベッドのようだ。 思わず振り向くと、僕の手錠を掴んだレスター捜査官の隣に居た、 パジャマ姿の子供がぼそりと言った。 「今後のあなたの居場所です」 「……大量殺人犯に、随分ゴージャスな寝床じゃないか」 「これから一生、ここがあなたの世界の全てになるのですから。 この位の事はしてやります」 「……」 やっぱりおまえは甘い。 刑務所の独房より酷い場所に閉じ込めたLに比べたら、随分と優しいんだな。 と言ってやろうかと思ったが、すんでの所で思いとどまった。 こいつが僕を生かした理由。 それはキラ事件の全容を解明したいというのも嘘ではないだろうが、 恐らくそれだけではない。 こいつの本当の目的は、Lだ。 僕が長らくLと共に過ごした事を、こいつは知っている。 ワタリも死んだ今、この世で一番Lの事を知っているのは僕だと、 こいつは考えている筈だ。 実際、そうかも知れない。 けれど言う程僕は、Lの事を知らない。 何も、知らない。 と言っても過言ではない。 だがニアが誤解しているのなら、出来るだけその誤解を引き延ばして交渉に使うべきだ。 ニアはレスターに、ベッドの柱の一つに手錠の鎖を付ける事と、 鎖の端を、手から外して足首に填める事を指示した。 それから、トイレも簡易トイレ、食事もベッドの上、という生活が続いて……。 それは構わないのだが、辛いのは常にニアの視線に曝されている事だ。 ベッドの三メートル程向こうの床、届きそうに見えて絶対届かない場所に ノートPCを広げ、二アは日夜そこで寝転がっている。 僕に積極的に構ってくる事はなかったが、僕がニアの存在を 無視しようと決めた途端、キラ事件について話せと詰問して来る。
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