藪の中 2 【ニアの話】 まず最初に言っておきますが、私は説明をするのが得意ではありません。 特にする必要も感じませんし。 はい。 ……はぁ。 いえ、別に言いにくいとか、そういう事は何も。 まあ……大した事ではないです。 話は、キラを追い詰めた倉庫に遡ります。 はい、勿論夜神月です。 彼は、魅上が我々を殺し損ね、我々に本物のデスノートを 押さえられていた事を知ると、豹変しました。 「……ふふっ。ふふふ、ふははははははははっ……!」 「そうだ、僕がキラだ」 全く、醜い。 そう思いました。 それまで私は、夜神月の容姿について特に何の感想もありませんでしたが その時初めて醜いと、はっきり感じました。 そして、 『どう見ても、おまえの負けだ、ライト』 『ここをどう切り抜けるか少しは期待したが、俺にすがるようじゃな…… おまえは終わりだ』 意外と、気が利くんですね、死神という物も。 なのに。 「待って下さい」 自分の口から、思いがけない言葉が。 しかし考えてみれば、夜神は大量殺人犯であると同時に Lがたった一つ遺した形見でもあるんです。 あれ程沢山の事件を解決した著名な名探偵だったにも関わらず、 この世に何の痕跡も残さずに消えたL。 そのLが最期に遊んだ玩具が、夜神だった訳です。 彼は、現在生きている中で唯一Lと直接深く関わった人間だ。 その彼までこのままこの世から消してしまうのは惜しい……と。 何故かその時私は思ってしまったんです。 せめて、彼の頭の中にあるLのデータを全て引き出してからでも遅くはない、と。 夜神の身柄を手に入れ、監禁したのはアメリカのアジトでした。 情報を与えないようにTV等を置かない事は勿論、窓まで完全に塞いだ 広い部屋の真ん中に天蓋付きの寝台を金具で固定し、そこに縛り付けました。 日々の生活の世話はジェバンニに任せましたが、 私自身も生活の大半の時間を夜神を目の前にして過ごしました。 一応PCがあれば探偵の仕事は出来ますしね。 「……私も暇な身ではないんですが」 「……」 尋問らしき事をしても夜神はただ項垂れ、私を睨みながら無言を貫きます。 彼は、キラ事件に関係有ろうが無かろうが、私の質問に全く答えませんでした。 まあ、死神がある程度答えてくれたので特に困りはしませんでしたが。 ……私は、夜神に足下を見られないよう、自分からは絶対Lの事を訊かないと 決めていました。 単調にキラ事件やデスノートについて質問し続けていれば、夜神はきっと Lに言及する。 そう信じていましたから。 「どうしましょう。『夜神月、キラ事件とデスノートに関する全てを ニアに語り終わってから藻掻き苦しんで死亡』とでも書きますか」 私が黒い表紙のノートをぺらぺらとめくりながら呟くと、 夜神は火を噴きそうな視線で私を睨み付けていました。 「……そうしたければそうすると良い」 「やっとしゃべってくれましたね」 思わず頬が緩みます。 こいつが相手だと思うと、僅かな勝利感でも中々良い味がする。 「下らない事で調子に乗るな、おまえは、Lとは全く違う」 「!」 ……Lの名前が、出た。 漸くか。 「おまえが僕を捕らえる事が出来たのは、魅上の失敗のお陰、完全に偶然だ。 メロと束になったって、おまえらはLの足下にも及ばない」 嘲るように言って上目遣いに睨むのを見て、私は内心大笑いをしていました。 笑いを噛み殺して気のない振りをしながら、ついでのように質問を続けます。 「ならば趣向を変えてみましょう。今日はLについて、話して下さい」 「唐突だな。良いけど『お願いします』は?」 「!」 私は億劫ながらに立ち上がり、夜神に近付いて、ノートでその顔を 思い切りはたきました。 コイツは……私の狙いがLの情報だと、最初から気付いていた。 気付いていて揶揄った訳だ。 しかしそれは同時に、Lと夜神の強い繋がりを示唆する証拠でもありました。 ノートの紙で切ったのか、夜神の頬に糸のように赤い線が走ります。 それを視認したと同時に、お腹に衝撃が走り、気付けば尻餅をついていました。 どうやら私は、夜神に足で蹴られて後ろにひっくり返ったようです。 「はははっ!はははははっ!」 哄笑に、我ながら情けない事ですが身が竦みました。 天蓋付きの寝台に仁王立ちになった夜神は、さながら魔王か……神のようで。 私は屈辱に震えながら、退室しました。 翌日丸一日食事を抜いたせいか、夜神は翌々日少し大人しくなっていました。 「どうですか?少しは反省しましたか?」 「……学習は、した」 私に逆らえば、その何倍もの報復が待っている。 その事は理解した、という事でしょう。 私に対して悪い事をしたとは思っていないようですが、別に構いません。 彼の精神の中で何が起こっていても興味はありません。 「では、話を戻しましょう。Lについて、話して下さい」 もう隠しもせずにストレートにLの事を訊くと、夜神は 勿体をつけて少し宙を見つめた後、ゆっくりと口を開きました。 「……Lの、何を知りたいんだ?」 「全部です」 「難しいな」 夜神は少し苦笑して、それでも訥々と語り始めました。 ……まず、あいつはとても特別な奴だった。 とても。 奴は、僕がデスノートを使った殺人の、二人目から既に把握していた。 その時は僕自身ですら、ノートの使い方に関してはっきりとしたヴィジョンが あった訳ではなかったのに。 そして、恐ろしく幼稚な男でもあった。 彼に言わせれば僕も同じくらい幼稚だったそうだけれど。 確かにそのせいで、僕は自分の首を絞めた。 でもそれは、Lも同じだったんだ。 僕たちは、僕たちにしか分からない幼稚なルールに縛られて お互いの首を絞め合った。 僕たちの内のどちらかが相手の挑発に乗らず、用心深くて無難な策を取れば もっと早くゲームは終わっていただろう。 でも僕たちは……出来るだけ長く、ゲームを楽しんでいたかったんだと思う。 後で思うと。 だってそうだろ? 普通に考えれば、次々と起こる殺人を阻止するのが最優先だ。 僕が怪しいと思えば、もっと早くに引っぱっても良かったのに。 奴はそうしなかった。 確たる証拠を得るまでは、僕に手出しをしなかった。 楽しんでいたんだ。 フェアプレイを。 その証拠を得る為には、信じられない程汚い手を使っていたけれどね……。 夜神はまるで、Lと自分の間には何者も入り込めないとでも言うように、 何度も、「僕たち」という言葉を使いました。 「そう言えば、二ヶ月近くLに監禁された後、三ヶ月彼と手錠で繋がって 生活していたそうですね?」 「ああ。監禁されている間は風呂も殆どなし。 手錠で繋がっている間は二十四時間見つめられっぱなしだ」 「どうかしてますね」 「どうかしてる」 「Lと二十四時間共に過ごすのは、どんな感じでしたか?」 「……」 ……Lに限らず、赤の他人と……いや家族とだって、二十四時間ずっと一緒なんて 異常だよ。 捜査本部でも一緒、食事も一緒。 風呂も一緒、トイレやベッドまで。 僕が1人になれたのは、仕事に集中してPC画面を見つめている時だけだった……。 「トイレやベッドまで」 「そう。酷いだろ」 「その時、Lはどんな様子でしたか?」 「え?」 「あなたはその生活に非常にストレスを感じていた。頭の中だけが自由だった。 Lは、どう感じて居たようでしたか?」 夜神は少し意表を突かれたような顔をした後、頭を捻りました。 「そう言えば、あいつは全く普段通りだったな。 手錠で繋がれる前から傍若無人だったし、僕に裸や排泄を見られても 全く気にしている様子はなかった」 「なるほど。社会性が著しく劣っていたんですね」 「おまえも無いだろ」 「あなたに私の何が分かるんですか。 一応集団生活の経験はあるんで、Lよりはマシだと思いますよ」 言いながら、頭の中では別の事を考えていました。 Lに対して何気なく、「劣った」という表現を使ってしまった自分。 彼の小さな弱点を発見するや否や、無意識に貶めずに居られない程、 私は彼に劣等感を覚えていたのか。 いえ。勿論分かっています。 自分が絶対にLを越えられない事。 でも私は、他の子ども達のように彼を無条件に崇拝する程 信用してはいなかったのです。 だからこそ、Lの事をもっと知りたかった、というのもあるのですが。 「ベッドではどうでしたか?」 「……え?」 「社会性が無い人間でも、いや、そういう人物ならば尚更、 同じベッドで他人が寝るのは我慢できないのでは?」 「……」 「あれ?さっきベッドも一緒って言いましたよね? ツインではなかった訳ですよね?」 「……ああ。ああ、そうだ」 その時、それまで饒舌だった夜神の顔が、突然翳りました。 「!」 ……その顔を見て、私には分かってしまった。 彼が、あらゆる意味でLを楽しませるための「玩具」だったのだ、という事が。 「なるほど。Lはあなたでだいぶ楽しんだようですね?」 「……」 「その代償は命、と大きかったですが」 「……」 「あなたは、楽しみましたか?」 夜神は、また以前のように口を噤んでただ私を睨み付けました。 とは言え、もう痛い思いはしたくないでしょうから、私に危害を加える事は ないでしょう。 やはり夜神を生かしておいて良かった、と、心から思いました。 「ならば私も、楽しませて下さい……。 Lと同じ楽しみを、味わわせて下さい」 彼に近付くのは賭けでした。 でも彼の生き意地の汚さは先般見たばかりです。 私を殴り倒して逃げたとしても、殺されるのは目に見えているのに 馬鹿な真似はしないでしょう。 ローションを用意した私は、それを夜神に見せつける為に手で弄びながら 探りを入れました。 「Lの後釜は私以外にもまだ沢山います」 「……」 「ワイミーズハウスは現在もLの後継者を養成し続けていて、」 「おまえに人質としての価値はないとか言いたい訳?」 「……はい」 「どうでもいい。そんな事。 好きにして良いから、終わったら何か食べる物をくれ」 断食二日目でこの弱音。 案外脆いものですね。 まあ、終わりが見えないと思えば精神力も削られるでしょうが。 「分かりました」 私が寝台に近付き、隣によじ登ると夜神は自ら横たわりました。 手を組んで胃の上に置き、目を閉じます。 「Lに、抱かれましたか?それとも抱きましたか?」 「……」 「いや。あのLがあなたの下になるとは思えない。 Lに抱かれていたんですね?」 「……」 夜神は全く反応しなかったので真実は分かりませんが、外れてもいないでしょう。 「脱ぎなさい」 脱がせるのが面倒で命令すると、薄目を開けて少し睨んだ後 素直に服を脱ぎ始めました。 東洋人にしては肌が白く、しかしやはり薄い体です。 この体をLが組み敷いたのかと思うと、少なからず興奮しました。 「抱き心地の悪そうな体です」 「Lも似たような体格だったよ」 「そうですか」 私は今まで敢えて、Lの外見に言及していませんでした。 Lの本質はその頭脳であり、どんな外見であっても関係ない。 ……という建前に縛られて。 実際は、興味が無い振りをしていただけ、というのが正直な所です。 「背はどのくらいでしたか?」 「興味ある?」 ちっ。 いちいち人の思考を読みやがる。 嫌な奴だ。 Lはよくこんなのの相手をしていたな……。 私は内心の舌打ちに気付かれないよう、さりげなく話を変えました。 「ピロートークはどんな感じでしたか?」 夜神が無言で下着を取ると、黒い毛と、性器が。 他人の性器を見たのは初めてでしたが、我ながら全く動じませんでした。 何か……小動物のようでしたね。 夜神が黙ったままなので、足を開かせると 「え。いきなり?」 と驚いた声を出されました。 「好きにして良いと言いましたよね? それとも私が、あなたとキスをしたがっているとでも?」 「まさか。ただ、楽しみ方を知らないんだな、と思って気の毒になっただけ」 「その楽しみ方とやら。あなたはLに教えて貰ったんですか?」 「……」 「ならば私にも伝授して貰いたいものですね」 「……」 まただんまりか。 夜神は、喋らせるのも楽しいですが黙らせるのも楽しい。 確かに面白い玩具です。 私は、寝台の四隅の柱の紐を外しました。 四方から垂れ絹が降りて、これで部屋に設置された監視カメラにも、何も映らない。 我々を閉じ込めた寝台は、さながら別世界のようです。 でなければ、戸棚か棺桶の中だ。 象牙色の布地越しの薄明かり。 突然狭くなった空間の中で響く、お互いの息遣い。 私は寝台の宮から避妊具を取り出し、夜神が注視する中、装着しました。 それから何も言わず、彼の中に、入れました。 彼は声一つ上げず歯を食いしばっていましたが、そこは蕾のように固く、 私を拒んでいたように思います。 しかし私はその事に満足していました。 彼がLの死後、誠実にその貞操を守っていたかのように思えて。 実際は、単純にそういう趣味が無いというだけの話でしょうが。 生まれて初めての性的な触れ合いの相手がキラというのも我ながら面白いですが 私は気持ちよくなれました。 夜神はただ、眉を顰めていました。
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