藪の中 1 【松田の話】 本当に……あの倉庫の中では、みんなが正常じゃなかった。 勿論一番おかしかったのは月くん、いや、キラだけど……。 「このノートで……」 「他の者に、出来たか?ここまでやれたか?この先出来るか?!」 「そうさ。僕にしか出来ない……新世界を作れるのは…… その頂点に立ち、常に正しく導けるのは……僕しかいない……」 長い長い、キラの演説と、陶酔。 けれどその間、誰も反論どころか動く事すら出来なかった。 あの、ニアでさえも。 SPKも日本の捜査メンバーも、全員がキラに飲まれていたとしか思えない。 それでも、 「いいえ。あなたは……ただの人殺しです。 そしてこのノートは、史上最悪の殺人兵器です」 ニアが言ってくれた瞬間、魔法が解けたようにみんなが息を吐いたのが感じられたよ。 勿論、僕も。 「あなたがまともな人間だったら、一度は興味本位でこのノートを使ったとしても ノートによって起きた事に驚き、恐れ、してしまった事を悔やみ…… 二度とノートは使わない」 「極端な話……私利私欲の為に使い、何人か殺してしまう人間の方が まだ私は理解できますし、まともだとさえ思います」 それを聞いた時ニアに感じた違和感……。 「……?」 なんていうか、芝居の台詞を言ってるみたいでね。 でも次の瞬間。 「私もあなたと同じです」 「自分が正しいと思う事を信じ、正義とする」 それを聞いた時。 理屈じゃなくて直感で、なんか分かったんだ。 コイツは……ニアは、月くん側の人間だ。 もしニアが最初にデスノートを手に入れていたら、 きっとニアがキラになっていた。 僕の個人的な印象に過ぎないんだけど。 でも……当たってると、思う。 「く、来るな!」 「こ……殺せ。誰かこいつらを殺せーーーっ」 錯乱した月くんは、痛々しくて見ていられなかったよ。 殺虫剤を掛けられた虫みたいに裏返ってじたばたと暴れて。 あんなの、いつも冷静で毅然とした、月くんじゃない。と思った。 夜神局長がこの場に居なくて本当に良かった、とか。 そして、全てが終わった……。 誰もがそう思った時。 「リューク」 「そうだリューク、書け。 おまえのノートに、こいつらの名前をおまえが書くんだ」 「!!」 今度はこっちが終わったと思ったよ。 全身の毛が逆立って、冷や汗が本当に滝のように流れて。 絶対に死んだと思った。 ニアだけが冷静な顔をしていて、やっぱりコイツ、キラとグルなんじゃないかって そんな思いがぐるぐるしてた。 今思えば不条理としか言いようがないけど。 『どう見ても、おまえの負けだ、ライト』 『ここをどう切り抜けるか少しは期待したが、俺にすがるようじゃな…… おまえは終わりだ』 そして、死神がノートに月くんの名前を書き始めて。 何が何だか分からなかったけど、月くんがもうすぐ死ぬんだって事は分かった。 でもそれよりも、自分の命が助かった事に、ただただホッとしてた。 ……薄情だよね。 いや、そりゃ月くんは憎むべき大量殺人犯……ではあるんだけどさ。 その時。 「待って下さい」 ニアの口から、思いがけない言葉が。 「キラは大量殺人犯です。まだまだ、訊きたい事も沢山あるんです」 『俺にとっては退屈だ』 「そうでもありません。あなたが暇つぶしに夜神にデスノートを与えたのなら、 今度は私が、あなたの暇つぶしのお手伝いをしますよ」 『……』 また、芝居の台詞。 筋は通っているのに、何も矛盾はないのに、何故か嘘だと思った。 ニアはもっと別の理由で月くんを生かそうとしてるんだって。 その理由は、彼等が同類だからなんじゃないか。……って。 うん、分かってる。 あんなにお互いを潰そうとしていた2人だ、我ながら矛盾してるし、 何の根拠もない。 でもね。 でも。 死神は、ニアに向かって首を傾げて消えて行った。 どんな表情をしていたのかは分からない。 それからニアは、案の定月くんの身柄は自分が預かる、と。 相沢さんが一応反論していたよ。 けれど、今まで一番間近にいて全く気付かずにキラを飼っていた癖に、 みたいな事を言われると、ね。 SPKがキラを連れ去ってから、彼の消息は一切分からない。 一通りの取り調べの後は極秘で処刑する、みたいな事をニアは言っていたけれど、 僕はやっぱり月くんは死んでいない気がするんだ。 ねえ、どうだい? 君は月くんの行方を、知らないのか?
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