男前Lお題---酒 1 その夜。 竜崎と暮らした部屋に残った着替えなどの荷物を取りにいくと その竜崎がソファに寝そべっていた。 珍しい。 こいつはいつも背中を丸めてだらしない格好をしているが、 人前で横になる事はない。 本部でも、椅子に座ったまま短時間寝た後、普通に20時間ほど 活動したりしていた。 僕と手錠で繋がれてからは、夜は一応ベッドルームに行ってくれるようになったが。 それでもベッドの上で膝を抱えて、あるいはモバイルPCを操って 僕が寝るまで寝ない、僕が起きる前に起きている事が多かった。 まあ、監視目的だったから当然と言えば当然か。 「竜崎」 「……夜神くん。一緒に、どうです?」 テーブルの上や下には三十本以上、いや四十本あるか?の瓶が並び アイスペール、グラスも複数置いてある。 とても一人でいたとは思えない、客が帰った後のパーティ会場のようだった。 「何のつもりだ?」 「祝杯です。捜査本部の皆さんも誘ったのですが、断られました」 それは、そうだろう。 火口を確保したとは言え、同時に死なれてもいる。 そんな日に、祝杯を上げようと言われても日本人ならうんと言う筈がない。 だが、捜査本部総出でも飲みきれない程の酒を用意して、 全員に拒否されたとなると気の毒な気もした。 「何がそんなにめでたいんだ?」 「もちろん!第三のキラを止められた事、殺人手段が分かった事です」 「でも、死なれてしまったし謎はまだまだ残ってるだろ?」 「おや。これでキラ事件の収束とした方が、夜神くんにとっては 都合が良いのでは?」 相変わらずの減らず口。 少しでも同情をして損をした。 まあ、どちらにしろもうすぐ殺すのだから、その僕が同情するのも妙か。 それにしても、いつも通りのキラ呼ばわりだが、今日は少し露骨すぎる。 ニヤニヤ笑いながら、ふざけた調子で言われたのは初めてだった。 「酔ってるな?」 「ええ。酔ってます」 「『世界の切り札』が、一時的とは言え判断力を鈍らせて良いのか?」 「ん〜、もうあなたを監視しなくて良いという解放感もありますし」 そんなに負担だったなら、あんな監視しなければ良いのに。 などと子どものような事は思わないが、監視されて息苦しかった僕以上に 竜崎もギリギリまで張り詰めていたのかも知れない。 「今日くらい、酔わせて下さいよ」 「まあ、好きにしたら? 僕は飲めないし、酔っ払いの相手も出来ないからもう寝るよ」 精一杯穏やかな笑顔で言って、カバンに着替えを詰め始めると 竜崎はまた手酌で飲み始めたようだった。 「夜神くん。世界征服、してみたくありませんか?」 「したくない」 僕はそんなもの、望んでいない。 僕の望みは、そんな利己的な物じゃない。 「私ねぇ。着々と世界征服はじめてるんですよ」 「そう。まあ、世界一の探偵と言われてるんだからある意味完遂だな」 数年前の正月に親戚で集まった時以来、酔っ払いの相手なんか した事がないからつい生真面目に答えてしまう。 そう言えばあの時、酒の席で語られる事はにこにこしながら流すに限ると 学習したんだった。 「そういう意味じゃありません。夜神くんは子どもですねぇ」 「は?」 「世界征服って……現実の世界の筈がないじゃないですか」 竜崎が、心底小ばかにした口調で言う。 今まではどんなに失礼な事でも、一応真面目で丁寧な口調で言っていた。 これでは本当に酔っ払いだ。 相手にする事はない。 ……だがここで、本当に竜崎が酔っているなら、少し観察してみたい気持ちも湧く。 これまでずっと見られていたお返しだ。 いつにない無様な姿が見られるかも知れない。 この、慇懃無礼な口調もその内崩れるかも知れない。 そして何より、可能性は高くないが竜崎が本名や弱点を洩らす事もあり得た。 「ああ……世界征服って、酒の事?」 「もちろん」 テーブルの上の瓶のラベルには、よく見ると非常に多種の言語が印刷されていた。 なんだ、一緒に飲む人間がいようがいまいが全部口をつけるつもりだったのか。 「そんな事、出来るのか?」 「だから世界征服なんて簡単には出来ませんって」 二人で一緒にしましょう、大丈夫、私が既にオセアニアは押さえました、 そんな事を言いながら、手招きをする。 僕が酒を……飲むのは危険過ぎる。 そんなに簡単に前後不覚になるとは思わないが、どの程度飲めば どの位意識が混濁するのかまだ把握していない。 うっかり何か口を滑らせてしまったら…… いや、竜崎の方が先に酔っているから大丈夫か? それとも、これも何かの罠か? 恐る恐るソファに寄り、竜崎の顔に顔を近づける。 酒臭かったら乗ってみるつもりだった。 本当に酔っていれば、僕が何か小さな失敗をしても気づかないだろう。 「夜神くん……」 とろんとした目をしているのに、思いがけなく素早い動作で腕を掴まれる。 「え、竜、」 あ、と思う間もなく、頭を引き寄せられて唇をつけられた。 濡れて冷たく、酒臭い唇。 離そうとしても吸い付いて離れない。 僕の唇の内側を嘗め回したり、口の周辺や鼻を適当にしゃぶる。 粘液、荒い息、不潔な、 未知の生物に懐かれているようで背筋がぞわぞわした。 思い切り殴り飛ばしてやろうと拳を固めた時、始めた時と同じく 唐突にキスが終わる。 「何を、するんだ」 「それはこちらのセリフです」 「は?」 「私にキスしようとしたでしょう?こっちはそんな趣味ないんですから やめて下さい」 「いや、今思い切りおまえの方からキスしてきたよな?」 「されるのは嫌なので先手を取りました」 眉根を寄せて生真面目な顔をしているつもりだろうが、どこか緩んでいた。 やはり、酔っている。 「悪かったよ。誤解させるような事をして」 「そう思うなら罰杯です」 言いながらショットグラスに日本酒を注いだ。 「いや、僕は未成年だから」 「ここはLの部屋ですよ?治外法権が適用されます」 「ショットグラスに日本酒っておかしいだろ?」 「猪口がないからですが、ウイスキーグラスが良ければそちらに注ぎます」 「……いや、いい」 結局、手に小さなグラスを持たされる。 顔を近づけると、ぷんと麹の匂いが鼻を刺した。 仕方なく少しだけ唇を湿らせる。 「……甘い」 「美味しいでしょう?」 「まあ……飲みやすいかな」 一口、口の中で転がすと、粘膜や喉に刺激はあったが カッと熱くなったり、意識に作用しそうな予兆はなかった。 「ねえ、こうしませんか?オセアニアはオーストラリアを含めて 私が既に飲んでしまいましたが、日本から東回りと西回りで どちらが早くイギリスに辿り着けるか勝負しませんか?」 威勢の良い事を言うが、既に呂律が怪しい。 それに、僕がテーブルの下の空になったアイスペールに こっそり残った酒を捨てた事にも気づいていない。 「う〜ん、自信ないけど」 「先にイギリスに着いた方が、相手の言う事を何でも聞く、という条件なら?」 「それは、どんな事でも例外なく?」 「どんな事でも例外なく、です。もし屋上から飛び降りろと言われたら飛び降ります」 「僕はそんな事言わないけど……まあいいよ。 酒初めてだからお手柔らかに」 「私にはオセアニアのハンディがありますよ。でもまあ、選ばせてあげます」 東回りか西回りかと言う事だろうから、僕はアメリカ産のビールを手に取った。 「私はマッコリですね」 言いながら、白濁した韓国酒をグラスに注ぐ。 「無理するなよ?」 「だいじょぶです。まだ全然」
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