Guiniol 7 「これで、ぬかりはないでしょうね」 「恐らく」 台所を火元に偽装しようと思ったが、夜神の部屋と離れているので、結局放火にする事にした。 さりげなく燃えやすい物を夜神の部屋の真下に置き、壁の外には古新聞や灯油を撒く。 ニアは全焼させろと言っていたが、上手く行けば粧裕の部屋や和室のオブツダンは残るだろう。 真昼の住宅街には、ひと気も無い。 私達はあり合わせの物で簡単な自動発火装置をセットして、家から離れた。 「それで、信じられない話とは?」 夜神の家を見下ろす形になる少し離れた高台で、夜神の家を観察しながらジェバンニが口を開く。 延焼しそうになっても消防車が来なければ、通報しなければならない。 「いや……」 夜神の部屋に蟠っていた初代Lの霊魂も、煙と共にあの世へ行くだろうか? 私は重い口を開き、あの時の自分の精神状態と、初代Lに憑依されたという自分の推測を話した。 ジェバンニは真面目な顔で聞いてくれた。 「……霊魂や残留思念という物が存在する、と仮定してですが。 あなたも、夜神月に少し思う所があった。 それでLに感応して、入り込まれたのかも知れませんね」 「それはまあ……そうだな。断じて性的対象として見ていた訳では無いが」 「いずれにせよ、私にはラッキーな事でした」 「……」 涼しい顔でそんな事を言われても……困るが。 「でも私も……信じて貰えないかも知れませんが、普段はあんな風に誘うことはあり得ません」 「そう、なのか?」 「そりゃ、私だって男と寝たことくらいはありますが、自分からは絶対にしない」 「本当か」 「すみません嘘です」 「……」 何となく、溜め息を吐いてしまった。 それをどう取ったか、ジェバンニは慌てたように付け加える。 「本当は男と寝た事なんかありません。自慰専門です。 というか、あなたに出会うまで自分がゲイだなんて知りませんでした。 単純に、恋愛に関心の無いタイプだと思っていました……」 「……」 また……何とも答えようのない事を。 ジェバンニは早口で続ける。 「ニアが、デスノートに触れば死ぬ可能性があるが触れと指示して来た時。 あなたに触らせるくらいなら、自分で触ろうと思いました。 あの時初めて、自分の命より他人の……あなたの命の方が大切だと思いました」 「……」 「あなたは、ニアに指示されたらきっと躊躇いも無く触ったでしょうから」 躊躇わない訳ではないが……まあそれが滲み出る前に指示に従うだろうな、とは我ながら思う。 特殊部隊で鍛え上げられた思考停止だ。 「と、とにかく!私も普段とは確かに違ったという事です。 それに……今言うのも何ですが、最中、何故かずっと『L』の事が頭に浮かんでいましたし」 「L?!夜神か?それとも初代か?」 もし初代の顔を幻視したのなら、憑依説が一気に信憑性を増す。 だがジェバンニはにこっと笑った。 「分かりません。ただの『L』という文字でしたから」 「文字……」 「はい。あの飾り文字です」 「は……ははっ。はははっ!」 私達は、丘の上で笑い合った。 「ああ、丁度消防車が来ましたね」 夜神の家からはもくもくと黒煙が上がり、辺りが騒がしくなっている。 この距離でも炎がちらちらと見えているから、結局は全焼してしまうかも知れない。 いくつものサイレンが近付いて来る。 「まあ、初代Lの幽霊が居たとするならば、キラの幽霊も居てもおかしくない、という事ですよ」 「それで君と私にそれぞれ憑依して、私達の身体を使ったと?」 「……それが真実でもそうでなくとも、そう考えた方が都合が良いでしょう」 「……」 「あなたには」 ……ジェバンニが、本当に男を誘った事がないのか、「L」の文字がずっと浮かんでいたのか、それは分からない。 だが少なくとも、私が嘘を言っている可能性も充分考慮してはいる、という事だろう。 「それは……私が気まぐれで君を抱いたと、そして無かった事にしようとしていると」 「……」 「憑依だの何だのはその方便だと、そう、君は考えている、という意味か?」 「違うんですか?」 また、あの目だ。 涙で潤んで、私を凝っと睨み付ける、この矛盾した目。 「どうせこの仕事が終わればSPKは解散する。 こんなにお互い良く知っていて、けれど本名は知らないという関係は中々無いですよね? ヤリ逃げするには丁度良いんじゃないですか?」 「そんな言葉遣いをするもんじゃない!」 つい、子供を叱るように叱ってしまって慌てて口を押さえる。 ジェバンニの目からはついに、大粒の涙が零れた。 「いや、すまない。別に本名を言ってもいい。私の名は、」 「あなたの!」 ジェバンニが俯き、私の言葉を遮って吐き捨てる。 その靴の爪先に、水滴がぽたりと落ちて放射状に雫を散らす。 「……あなたの、名前を知れば私はきっと追いかけてしまう。 知らない方が良いんです」 「ジェバンニ」 「因みに私の本名はラウドです。L-o-u-d」 私は目を見開いた後、思わず笑いながら彼の頭を抱き寄せた。
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