Guiniol 3 「……引き出し。開けましょう」 「しかし」 「ニアにお伺いを立てても、『開けずに帰って来るという選択肢があるとでも?』とか何とか言いますよ」 いつにも増して強気な発言だが、私もつい今し方彼に恥を掻かせた負い目がある。 「まあそれはそうだが」 煮え切らない返事をすると、ジェバンニは小さな鍵を回して躊躇わずに一気に引き出した。 「!」 「日記……でしょうか」 そこには大学ノートが二冊と二本のシャープペンシルが入っていただけだった。 「それにしてはスペースが、」 言いかけて目を見合わせる。 その底板は絶妙に周囲と色を合わせていたが、壁面との間に僅かな隙間があった。 「……二重底、ですね」 どこかに取っ手かつまみはないかと探したが、何も無さそうだ。 それならばと引き出しの裏を見てみると、小さな穴が開いていた。 丁度シャープペンシルの先が入る程の。 「これが鍵、か」 「開けて見ましょう」 ジェバンニが穴にシャープペンシルの金属の先を入れる。 がた、と板が持ち上がったので隙間にもう一本のシャープペンシルを入れようとした瞬間、 ボウッ! ……何が起こったのか、分からなかった。 眩しい。 目が痛い。 爆発? いや、火柱が、 「ジェバンニ!」 ジェバンニが火だるまに、何故か背中が燃えて、そうか、咄嗟に身体を背けたのか、さすが反射神経も良い、 どうでも良い事を無意識的に考えながらも、私も反射的にジェバンニに駆け寄ってそのジャケットを脱がせていた。 手を振りながら暴れるのを抑え、引き千切らんばかりにネクタイを引き抜いて、シャツを裂く。 それでジェバンニの火が消えたのを確認して、台所にあった消火器の位置を思い出しながら今度は自分のジャケットを机の引き出しに被せる。 ジェバンニも一緒に、脱がせて丸めたジャケットではたき、消火器に頼るまでもなく火は消えた。 天井が少し黒ずんだが、火の勢いが激しかったのは最初だけだったらしい。 窓を開け、部屋に立ちこめた黒煙を外に出すと安堵で思わず座り込んでしまった。 ジェバンニも夜神のベッドに覆い被さるようにして膝を突き、呻き声を上げる。 その背中が斑に爛れ、所々に火ぶくれが出来ている。 この程度で済んだのは奇跡的だが、相当痛むのだろう。 「大丈夫か。病院に行くか?」 「いえ。このくらいで音を上げていては、SPKは務まりません」 「それもそうだな。冗談が言える余裕があるのなら大丈夫だ」 「……?」 冗談、ではなかったのか? 先程私が「このくらいで影響が出るようではグリーンベレーはやっていられない」と言ったのに掛けたのかと思ったのだが、違ったようだ。 ああ、噛み合わない。 「氷を持ってくる。まだ電気は止まっていないから冷凍庫に何かあるだろう。 その間、発火元を調べておいてくれ」 「分かりました」 部屋を出てから、大やけどをした直後の人間にその発火元を調べろというのは惨過ぎたか、という思いが過ぎったが、さりとて取り繕いようもないのでそのまま階段を下りる。 キラ事件の最中は、ただニアの指示に従っていれば良かったし、そこに配慮などという物が入り込む隙は無かった。 どうやら私は、いつの間にかニアに感化されているのかも知れない。 保冷剤と救急箱、適当なタオルを借りて夜神月の部屋に戻ると、ジェバンニは生真面目に炭化した机の引き出しを調べていた。 私が戻った気配に、まだ赤らんだ顔を上げる。 「……すみませんでした。軽率でした」 「何がだ。ちょっと後ろを向け」 ジェバンニに再び夜神のベッドに上半身を伏せさせる。 「指揮官が、引き出しを開ける時に慎重にと仰っていたのに」 「ああ……しかし、二重底は、私も開けて良いと思った。 むしろ上官として私の方が軽率だった。謝るのはこちらだ」 「とんでもない」 身体を起こそうとするのを押さえ、赤くなった部分にタオルと保冷剤を当てる。 ジェバンニは、また小さく呻いた。 「調べた所、銅線と着火剤で発火装置が作ってありました。 恐らく二重底に絶縁体が取り付けてあり、電気が流れないようにしてあったのだと思います」 「シャープペンシルでその絶縁体を持ち上げた事により、電気が通って燃えたという事だな」 「そうですね。とても悪戯とは思えない。引き出しに鍵を掛けた上でそんな仕掛けをしていたという事は、家を火事にしても良い程見られたくない物を入れていたという事でしょう」 「デスノート……か」 「恐らく」 さすが夜神月。 用心深すぎる程、用心深い男だ。 しかし確か、デスノートは二冊。 一冊は魅上が持っていた物、もう一冊は日本捜査本部が保管していた物。 デスノートが自分の手を離れた時点で、こんな危ない装置は撤収しておくべきなのではないか? いや、デスノートは切れ端でも使えると言っていた、その切れ端を保管していた? しかし切れ端ならこんなに仰々しくせずとも他にもっと、 「……っつ!」 「ああ、すまない」 考え事をしながら、ついジェバンニの傷を冷やしすぎたようだ。 火照りは少し引いたが、やはり爛れから血と体液が浸みだし続け、水疱も大きくなっている。 「少し切って、水疱の中の水を出す」 「はい」 ……夜神月。 真面目そうな。 美しい東洋人の青年。 私はアーミーナイフを取り出し、ライターで刃先を少し炙って殺菌した。 そして目の前の薄皮にそっと押し当てる。 「あ……」 噴き出した体液をタオルで吸いながら、絞り出すようにする。 そして他の箇所にも、次々と刃を入れた。 夜神月が、長い間過ごしたベッドの上で。 ふと、例のグラビア写真集が入っている、本箱が目に入る。 夜神月が、自慰をしたベッドの上で。 彼の命を奪った男の、治療をする。 彼の命を奪った男の肌に、刃を突き立てる。 「何故……夜神月は、あの仕掛けを回収しなかったのだと思う?」 「……え……それは、デスノートがまた手元に来た時の為……?」 違う。 それならばその時にまた設置すれば良いだけの話。 「それは恐らく、ピンナップ雑誌を処分しなかったのと同じ理由だ」 「と、言うと?」 手を前に回し、ベルトを外したがジェバンニは処置の為と思ったのか何も不審に思わない様子だった。 「Lに関係した事。Lの目を欺く為に揃えた本。だから、捨てられなかった」 「どういう意味ですか?……え?」 ジェバンニのスラックスと下着をずらし、尻を掌で包み込む。 滑らかだったが、少し鳥肌が立っていた。 火傷の熱のせいか。 いや、私の行動のせいか。
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