Guiniol 2 「どうした?」 「いえ。何でもありません」 「何でもないという事も、」 腰を伸ばして思わず腰骨の後ろを擦ると、ジェバンニの手元の書籍が目に入る。 そこには見開きページ一杯に際どい水着姿の少女が横たわっていた。 前には堅そうな本の外箱が転がっている、どうやらカムフラージュされていたようだ。 「……ピンナップガールか」 「はあ……そんな所です」 あの、夜神月が。キラが。 いや十代後半から二十代半ばまで過ごした部屋だ、その位あってもおかしくはない。 逆に何も無い方が不自然だろう。 それでも。 彼のある意味純粋な、殉教者のような目からは想像出来ない。 大体、付き合っていた弥海沙とも高田清美とも違うタイプの……。 そこまで考えて、目の前のジェバンニの耳が赤く染まっている事に気付く。 軽く驚いたが、まあジェバンニとは言え健全な二十代の若者だ。 こういった写真に興奮してしまうのも無理はないし、父ほどの……とは言わないが、年齢の離れた私に見られれば恥じ入る事もあるだろう。 それでも。 また目眩に似た情動に押し潰されそうになる。 ニアの作ったジェバンニの、自分の、人形を思い出す。 我々は。SPKは、個を捨て命を賭けてキラ事件に取り組んできた筈だ。 リドナーはメロに対してそこまでクールであったかどうか疑わしいが。 少なくともジェバンニと私は、キラ事件という舞台の上で上手く演じてきたではないか。 感情も裏切りもない、ニアの手足を。 ……ニアに最初にSPKに抜擢されたのは私だった。 それからFBIやCIAや軍隊から送られてきた推薦リストの中から、ジェバンニを選んだのもリドナーを選んだのも私だ。 念の為に本名はニアにも私にも伝わらないよう手配させたが、彼等の経歴は共に輝かしい物だった。 正直、この年若い二人が恋仲などになっては仕事がしづらい、という懸念もなくはなかったのだが、そのような気配は一切ない。 実際、色仕掛け等の必要が出てくる可能性も考えて選んだリドナーは美しい。 この私とて、プライヴェートで出会えば多少は心が躍るのを抑えられないだろう。 だが職場ではそんな目で見る事は全くなかった。 それはジェバンニも全く同じで、まるでロボットのようで可愛げがない程だったが、私は自分を棚に上げて彼には性衝動が全くないのだろうか、と首を傾げた物だ。 無いのではなく、プロに徹していただけだと、思いがけずこんな所で答えが出た訳だが。 彼は、ギニョールではない……。 ただキラ事件に全てを捧げていただけだ。 ならば夜神月もそうだったのだろう。 「彼も、男だったという事だ」 ジェバンニをもさりげなく庇ったつもりだが、彼はどこか不満げな顔をしていた。 「どうした?」 しばらくPCを調べたが、視界の隅で動かないジェバンニに声を掛ける。 先程のお返しのつもりはない、彼が写真集が気になって仕方がない様子だったからだ。 好みの女の子でも居たのか、と一瞬言いかけたが、私らしくない下らない冗談だと思いとどまる。 「いえ。彼が……これを見たくて買ったのかと」 「他に何かあると?」 「発行年月日が、全てほぼ同時期です」 「それは……おかしいな」 一般的にはこういった類いの本はどんどん増えていくし、増やさない場合はお気に入りを残して捨てる。 だから複数冊の場合は色々な年代の物が混ざっていてしかるべきだと思う。 そうでなければ一冊しか無いか、一冊もないか。 私の同意に思考経路を悟ったのか、ジェバンニの耳がまた赤く染まる。 クールな彼のレアな姿態に、場違いにも唇が緩みそうになって慌てて引き締めた。 「この日付は夜神の大学入試直前です。 日本でも出版は記載年月日より早いですから、実際の発行は恐らくキラ事件発生より少し後。 そして、L……初代Lの死まで一年もありません」 なるほど……Lが彼に目を付け、疑い始めた頃。 となると監視対策、か。 いや、対策? 何故Lに、こういった物に興味を持っているポーズを取る必要があったのだろう……。 「特に何かが隠してある訳でもありませんね……」 ジェバンニもぺらぺらとページを捲ったが、何も出て来なかった。 「当時はデスノートの切れ端でも隠してあった……か?」 「それはありそうだな」 「でもわざわざこんな……こういう写真集にする意味が分かりません」 我々は、Lを知らない。 ニアも知らないと言っていた。 ただどこからの情報か、男性である事は間違いなく、大概の人間が想像するよりも若いであろうとも言っていた。 だから我々は、「L」と言えば夜神月の姿しか浮かばない。 いずれはニアがLになって行くのであろうが。 夜神月(キラ)と、鏡に映った夜神月(L)。 ベッドの上に横たわって、あるいは座って、自慰をする夜神月。 暗い部屋でその光景が映し出されたモニタを見つめる夜神月……。 「Lと夜神の間には、何か特別な繋がりがあったのかも知れないな」 「と言うと?」 「いや……分からないが。このピンナップは、夜神なりの挑発だったのかも知れない」 「挑発」 軽く身を引いたジェバンニに、私は思わず小さく首を振る。 「いや、誘惑とかそういう意味ではなく……何と言ったら良いか」 「ああ、いえ、分かります。 何と言うか、ボクサーがわざと隙を見せて挑発するような、そういう事ですよね?」 「そう、そうだ」 明らかに監視されているのに、そしてそれに気付いているのに、堂々と普段通りの、いや普段以上に「普通の高校生」を演じて見せた夜神月。 その演技に気付いていながら、観察し続けたL。 「何となく、その、寒々しいですね」 「そうだな」 頭が良い者達の考えはよく分からない……。 勿論ジェバンニもリドナーも切れ者なのだがまだ分かる、しかしニアは理解出来ない。 そのニアが絶対に越えられないと言っていた「L」と、あの夜神月の対決と思えば。 それは常人には見えない火花が激しく散った事だろう。 「でも、夜神月が、Lの死後もこの写真集を処分しなかったのは何故でしょう?」 それは私も考えていた。 七年間。 この部屋に住んでいた夜神は、何故か写真集を処分しなかった。 彼は物を取っておくタイプではない。 実際、高校生時代はおろか、大学生時代の教本や資料も、今後も役立つであろう物以外は見事に処分してある。 他には余分な物は何もない部屋だと言うのに。 「忘れていた、か?」 「本気で思ってます?」 そんな筈もないのだが、いっそ自分の最期を知っていたかのようにも思える程の整合性。 それとも彼は、キラになって以降常に身辺整理をし続けていたのだろうか? だとすればこの写真集の存在は益々矛盾する。 「珍しいな、そんな口をきくとは」 我ながら期せずして皮肉な口調になってしまったが、 「すみません。ニアの前では愚痴一つ零しても十倍になって返ってくるので、少し溜まっていました」 ジェバンニからも予想外に砕けた答えが返って来て驚いた。 「……」 ……これは多分笑う所だ。 お互いいつもより少し砕けた口を利いて、笑い合う。 人との距離が縮む瞬間というのはきっとこういう時だと、そう思ったにも関わらず私は笑えなかった。 「溜め込むのは良くないな。少し抜くと良い」 真顔で言うと、ジェバンニが瞼を赤く染める。 空気を和ませる作戦が不発だったのだ。 申し訳ない事をした。
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