Guiniol 1 キラが、死んだ。 特殊部隊に居た頃から、危険な犯人にもその確保にも慣れていたつもりだったが。 現行犯でなく、且つ逮捕状が出ていない犯人を追い詰めたのは初めてだ。 素直そうな。 東洋人の青年だった。 ニアが彼が犯人だと断定してからは私もそのつもりで振る舞ってきたが、本心では彼は違うのではないかと思っていた。 まあ「あのLが監禁した時点で決まり」などと、投げ遣りな台詞を吐かれたからでもあるが。 だが、もし違ったとしても、誤認逮捕する事になったとしても、その全責任は私が取る、そしてニアは真のキラを追い続けるべきだ。 そんな強い覚悟で臨んでいた。 だが彼は。 「どうしました?」 ふと顔を上げると、ジェバンニがじっと私を見つめていた。 私がつい動きを止めてしまったからだろう。 自分だけ怠けるなと咎める目つきでもないが、そう見えてしまうのは頭脳労働に長けた彼への私の僻みかも知れない。 「いや……すまない。午前中で終わらせるんだったな」 YB倉庫でニアと夜神月が対決して。 キラが凄絶な最期を遂げた後、彼の遺体は日本捜査本部に引き取られ、心臓麻痺として処理された。 夜神月がキラであった事を公表するかどうか、日本捜査本部と軽く話し合いはしたが、ニアは元より我々にも興味はない。 日本捜査本部の彼等は、職業倫理的には公表してその手段も犯罪も思想も明らかにすべきだと言っていた。 言いつつも、尊敬すべき夜神総一郎の息子である事、長い間一緒に捜査した仲間である事、またその家族が日本国内で存命である事を鑑みれば心情的に公表はしたくない、と言いたげでもあった。 現在もまだ、上に伝えるかどうかも含めて結論は出ていないようだが、我々は無関係に淡々と事後処理を行っている。 今、ジェバンニと私は夜神の自宅に、何か証拠品が残されていないか捜査に来ていた。 ニアはリドナーと一緒に本部で魅上に尋問すると言っていたが、そのような用事がなくとも来ないだろう。 夜神総一郎が死に、月の母である幸子と妹の粧裕は療養地に移り住んで。 月が一人で住むようになってからたった三ヶ月しか経っていない筈なのに、この瀟洒な一戸建ては随分寂れて見えた。 恐らくろくに帰宅もしていなかったのだろう。 主もなく、キッチンに飾ってある造花に積もる埃。 「大丈夫ですか?病院に行った方がいいのでは?」 「何故だ?」 「先程、その」 なるほど、日本の住宅は戸口が狭い。 私は部屋移動する際、一度思い切り額を打っていた。 我ながらコントのような光景だったと思うが、ジェバンニは笑いもしなかった。 今もこうして気遣ってくれるが、それで余計に立つ瀬がない。 「問題ない。あの位の事で影響が出るようでは、グリーンベレーはやっていられない」 「それもそうですね」 ジェバンニは生真面目に頷いた。 先に、夜神夫妻の部屋、客間らしい和室、それぞれ通り一遍調べて今は夜神粧裕の部屋に来ている。 ニアも、「何かあるとすれば家族が絶対に開けない場所か、夜神の部屋しかありません」と言っていたのでそこまで厳重に調べるつもりはない。 だがジェバンニは、年頃の娘である粧裕の部屋を多少なりとも漁るのはさすがに後ろめたい様子だった。 しかしこの部屋は私の感覚からすれば、「金持ちの甘やかされた小学生女子」の部屋のように見える。 棚にぎっしりと並べられた、色々な動物やキャラクターのぬいぐるみ、壁に貼られたアイドルのポスター。 鏡を縁取る、チープで色鮮やかな樹脂製の飾り付け。 日本の若い女の子と言えば二十代でもこんなものだろうか。 PCの履歴には、部屋の内装に相応しく沢山の芸能人の名前、映画のレビュー、漫画のタイトル等も多かったが、デートスポットの検索……避妊具を付けての行為の妊娠確率のページなども、残っていた。 前言撤回、「金持ちの甘やかされた、ませた小学生女子」だ。 夜神総一郎の「娘」としての顔を思い出し、私は、つい無言になってしまう。 「……レスター指揮官。今日は少し、お疲れでは?」 「そのように見えるか」 「はい。長くあなたの側に居ますが、そんな風に何度も停止しているあなたを見たのは初めてです」 「そうか……」 どうやら皮肉ではなさそうだ、本気で心配されているのか。 私はマウスから手を離して、目頭を少し揉んだ。 「そんなつもりは無かったが、つい気が抜けていたようだ」 「無理もありません」 夜神総一郎。夜神粧裕。……夜神月。 メロ。弥海沙。高田清美。魅上照。 そして常に目の前に居たニアでさえ。 彼自身の作ったデフォルメされたギニョールのように、どこか現実性を欠いた存在のような気がしていた。 そう、正に舞台の上の一登場人物の如く。 しかしこうして見ていると、あまりの生活感に打ちのめされる。 彼等も普通の人間で、同じ時代を、現実を生きていたという当たり前の事実にここまで動じている自分を訝しまずに居られなかった。 だが勿論、こんな下らない事を考えてしまうのは、事件が終わったという気の緩みからだろう。 「そちらはどうだ」 「日記にも、兄をキラだと疑ったような痕跡はありません」 「そうか」 「ではいよいよ、夜神月の部屋に行きますか」 「そうだな……」 足が、重い。 気が進まない。 それをジェバンニに悟られるのを恐れて、私は自ら先に立って夜神の部屋に移動した。 「きれいですね」 「ああ」 粧裕の部屋が散らかっていたとは全く思わないが、夜神の部屋は生活感が感じられないほど整然として、無駄な物がなかった。 ジェバンニはデスクに向かい、並べてあった英和辞書をぺらぺらと捲る。 少し首を傾げた後、今度は日本語辞典を同じように捲った。 「ラインが引いてありません。手垢も殆どついていません。彼は学生時代勉強していたのでしょうか?」 「この国のトップ大学に首席入学だ、していないはずはないと思うが」 「ならば常に手を洗ってから、丁寧に辞書を扱っていたんでしょうね」 殺人ノートは……随分使い古したようにボロボロだったが。 「……あ」 「どうした」 「この引き出しだけ、開きません。……ああ、鍵が掛かっているのか。 ええと……これでしょうか」 ジェバンニは机のすぐ横のフックに掛けられた小さな鍵を取り、鍵穴に差し込んだ。 「ビンゴ」 「待て!」 ジェバンニが鍵を回す直前、思わず大きな声が出てしまう。 頭の中で何者かが警笛を鳴らしたような気がした。 「あの夜神月が、見られたくない物を入れた引き出しの鍵を、すぐ側に置いておくような杜撰な事をするだろうか?」 「どういう意味です?」 「トラップかも知れない」 「まあそうですが……まさか爆弾が入っていたりはしないでしょう。 せいぜい偽の手掛かりが入っている程度では?」 私の用心深さを揶揄するつもりはないだろう。 それは分かっているのだが。 「一応後でニアの指示を仰ごう」 私も意地になって、話を半ば強引に打ち切ってPCの電源を入れた。 そのまま、何となく夜神の椅子に座ることが憚られて中腰のまま内部を記憶媒体にコピーして行く。 程なくして、反対側の壁際の本棚を探っていたジェバンニが小さな呻き声を上げた。
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