眼光紙背 2
眼光紙背 2








「誤解しないで下さい。あなたがキラだから、抱いた訳じゃないんです」

「……」

「いえ、最初はキラだから、でしたが、二回目は違います」

「夜神月には、興味ないんだろ」

「とんでもない。頭脳、容姿、人格、手触り、内側、非の打ち所がありません」

「内側って……」

「ただ、キラじゃないのなら……あなたは、私などが手を出して良い人じゃない」


竜崎が、少し俯いて珍しく卑屈な物言いをする。
でも、それくらいの演技はしてみせるだろう。
僕を手なずけられる可能性があるなら。


「という事は、僕がキラじゃなくても興味ある?」


……恥ずかしいことを言っている自覚はある。
だが竜崎の前では、仮面を付ける気になれなかった。

何もかもさらけ出してしまいたい。
僕が知らない、僕まで。


「何故、そんな事を聞くのですか?」

「だって」


だって……何だろう。
男の僕が、竜崎に惚れた訳でもあるまいし。

いや彼の頭脳には……確かに欲情したな……。
まさかのアナルセックスにも、おかしくなってしまったし……。


「……おまえといると、退屈しない」

「退屈、ですか」

「そう。自慢じゃないけど、今まで対等以上に話せる人に
 出会ったことがないから」

「……」

「どうした?」

「いえ……退屈、ね。私に出会う前は、退屈でしたか?」

「いや。入試もあったし」


その辺りの事は、何度も質問されている。
入試前の数ヶ月。

さして苦労もしなかったし、大学に落ちるなんて考えたこともなかったが、
記憶が怪しいのも確かだ。

一応その場その場で辻褄が合うように答えているが、細部が。


……何故、あの時、僕は地下鉄に乗ったのだろう?

確か参考書を買うためだ。

……でも、当日、何を着ていた?何を持っていた?

何故か普段とは全く違う物だった、という事しか。


「で、どうなんだ?」

「あなたに興味があるか、ですよね。今まで高嶺の花と思っていましたから……」

「嘘吐け」

「?」

「自分が相手と対等かそれ以上と思っていなければ、
 『友だち』なんて言葉は出てこない」


竜崎は指をくわえてニヤッと笑った。
バレたか、と顔に書いてある。


「ですね」

「正直、見た目だけはおまえに負けてないと思うよ。
 でもおまえの権力と財力を以てすれば、手に入らない物はないだろ?」

「はい。物質的には」

「……」

「でも人の心は無理です……。私がハリウッド女優と結婚したくても無理です」

「後ろめたい過去や人間関係がない人なんていない。
 どんなにセレブでも、そこに付け込めば言うことを聞いてくれるんじゃないか?」

「まあ、提示する金額や交渉次第では応じてくれる人もいるでしょうね。
 でもそんな事をした私を、心から愛してくれるとは思えません」


淡々と言葉を続ける竜崎の、本心は見えない。

でもそんな自分を、恥じているのなら、言及しない筈だ。
いや竜崎の場合は、だからこそ逆に平然と口にしてみせるのか。

……やっぱり本心では、そんな事は意にも介していない、んだろうな。

同情も欲しがっていないし、だからと言って同情されても特に腹も立たない。
きっとその程度の物なのだろう。

竜崎にとって、「心」とは。


「……僕は卒業すれば、おまえには到底及ばないけど、お金に困らなくなるだろう。
 自分で言うのもなんだけど、珍しい程に後ろ暗い所もない」

「キラでなければ、ですが」


決まり文句を無視して、続ける。


「それでも、おまえにスカウトされたら着いていくだろうね」

「退屈な人生から逃れるために?」

「そう。退屈から逃げるために」


竜崎はポケットに手を突っ込んだまま、じっとあの目で見つめてきた。
瞬きもせず、不躾なまでの視線を向けられて、僕は陶酔する。


「……本気にしますよ?」

「勿論、僕もおまえを、退屈させない」

「素敵な誘惑です」



その夜、僕は生まれて初めて、自分の意志で男を誘った。





--了--




※毎回月の「初めて」で終わってますね。
 






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