Girl friend 5
Girl friend 5








夜神は、スペイン語圏の人間の振りをして、やり過ごすつもりのようだった。
窓の外でも、先ほど硬直した表情が嘘のようにラテン系らしく
明るく手を振っている。


「声……まで、ライトにそっくりなんだね」

『……』

「私……私の、命より、大事な人なの」

『……』

「世界に……三人そっくりな人がいるって言うよね」

『Cómo?』

「だから、ライトもきっと生きてる」

『……』

「今分かった。ライトは、絶対生きてる!」


アマネは私に断りもなく携帯を切ると、ベッドに投げ出した。


「ちょっと!私の携帯ですが!」

「ありがと!にゃーちゃん。ライトが、生きてる!
 それが分かっただけで、ミサ、生きて行ける」

「はぁ……、この世に三人似た顔があるから、あなたのライトも
 生きている、と」

「うん。生きてる。ミサ、嬉しい〜!」


アマネは私の首を引き寄せ、頬をすりつけた後、飛び乗るように
デスクに座って紙を整理し始めた。

やはり、頭のネジが緩んでいるのか。
それともまさか……。


「漫画も描く。絶対にハッピーエンドにしなくっちゃ!」

「元気が出て何よりです。
 ……ところで、あなたの『ライト』はキラなんですか?」

「うん?漫画の話?」

「現実の夜神月の話です」

「違うよ。でも、ミサはキラも好きだから、ライトがキラだったら
 最高だってずっと思ってたの。まあ、若い子好みの妄想ね」

「……」


偶然、とでも言うのか?
くそ……記憶もないのに妙に的を射た話を書くな!


「ミサさん……私はもう帰ります」

「そう?あ、急に仕事始めてごめんね」

「いえ」

「あ、そうだ。お友だちのサインはいいの?」

「ええ……もういいです」


私は肩を落として、ドアを開けた。
施錠はしないが、まあアマネが中で大人しくしていたら看護師の手違いで
済むだろう。


「にゃーちゃん」

「はい」

「彼……大事にしてね。不幸にしたら絶対に許さない」

「『絶対に許さない』、ですか」

「うん。本当は、にゃーちゃんの恋人じゃないんでしょ?」

「……」


ペンを持ったままこちらを振り向いたアマネの。
目は、全く狂人のものではなく……バカのものですらなかった。
その目は……

恐い女だ。

最初、可愛いなどと少しでも思った自分に呆れながら、私は小さく頷いた。






「全く、無駄足を踏ませてくれました」

「可愛いらしいから会いたいって言ったのはおまえだろ?」

「ぬけぬけと」


目的は何だと、聞くのも癪で先に歩き出す。
すぐに足が縺れて、夜神に腕を支えられたのは屈辱だった。


「Lはおまえに伝えてなかったんだな。
 ノートの所有権を手放すと、デスノートの記憶も死神の目もなくなるんだ」

「そうですか。Lはあの金髪の写真の有効な使い方を思いついていると
 信じたいですね!」

「いやまあ、普通に指名手配に使えるだろ?」


夜神が私の手を自分の腕に掛けながら、笑い混じりに言う。
縋るのも嫌だが、先ほどのように転びそうになるのも嫌だった。


「という事は彼女、あなたがキラだという事も忘れているんですね?
 あの漫画の登場人物があなたとキラに酷似しているのはどういう事なんですか?」

「単なる願望だろ。彼女は僕を愛し、キラを崇拝していた。
 記憶がない間も、僕が本当にキラだったら良かったのに、と何度も言っていた」

「へぇ。彼女が記憶を持っている可能性はないと?」

「記憶を元に漫画を描いたとしたら、警察の尋問が終わった後、
 自分だけがデスノートに触れるように仕組んであったという事になるが、
 そんな事が出来る頭は持ってない」

「ならいいですけどね……バレてましたよ」


足元の覚束ない私を嘲笑するように、頬に微笑を刻んだままだった夜神が
眉根を寄せる。


「……僕が、夜神月だという事が?」

「はい。彼女、最近あなたが死んだと聞いて自殺を図ったんですが
 あなたと話した途端別人のように元気になりました」


女の勘と度胸を、侮らない方が良い。

この男が夜神月である可能性は、死んだ事を知らなくても客観的には10%以下だろう。
だが彼女の中では、10%夜神の可能性があったら、それはもう夜神なのだ。
結果的には、これが夜神だと看破したのと同じ事になる。

デスノートに触れる仕組みにしてもそうだ。

夜神なら確かに、90%以上の確率で成功する方法しか取らない。
だからその勝率に持っていけない彼女を甘く見ているのだろうが、
あれは好きな男のためなら10%以下の確率に賭ける女だ。

……危険人物。



「鬘の毛をそんなに引っ張ったらずれるよ」


夜神に言われて、自分が横髪を強く巻き取っていた事に気づく。
頭皮が引っ張られる感覚がないとどうも落ち着かなかった。


「ミサがデスノートの切れ端を持っている可能性はゼロではないけど
 死神の目を持ってないのは確かだから、とりあえず問題ないだろう」

「何故言い切れますか?彼女、元女優でもあるんでしょう?」


私が写真を見て名前を書けと言った時、全く動揺を見せなかったが
最後のあの目を思い出すと、演技だったのかも知れないと思えて来る。


「魅上のノートは、元々ミサのノートだったからだ。
 あいつが死神の目を持っていた以上、ミサには死神の目はない」

「……なるほど。よく出来ていますね。デスノートの所有権をどんどん移して
 相手の本名と寿命が見える人間を増やす、などという事が出来ないように」

「そういう事だ。それに、おまえだって生きてる」

「?」

「ミサが僕をライトだと思ったなら、その瞬間に僕をダーリンと呼んだおまえを
 殺している筈だ」


白い歯を見せた夜神の笑顔は、それでも冗談や嘘を言っているようではなかった。
アマネの恐さは分かっている、か。


「彼女が僕を殺す事も、僕が不利になる動きをする事も絶対ない。
 だからおまえも安心して良い」

「信じましょう。でも、そこまで思ってくれる相手を、よくも無残に
 利用しましたね?」


目の奥を覗き込みながら言ったが、夜神は微塵も動じた様子を見せなかった。


「だって、それがキラだから」


内容とは裏腹に、胡散臭い程に爽やかな笑顔を浮かべながら
夜神は再びタクシーを止めた。






--続く--






※全然キリが良くないですが、流石に一旦切ります。

 Lがいない所ではがんがんキラ事件の話をする月ニアと
 人前で彼氏に化粧を直して貰う異様さに気づいていないニアが書けて
 満足です。





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