Girl friend 4
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今死なれるとここに来た意味がなくなるので、体を下ろして呼気を確かめる。
何度か頬を叩いた後ナースコールを探していると、弱弱しい腕が上がった。


「今ナースを呼びます」

「いら、ない……だい……じょぶ……」

「そうですか?」

「にかいめ、だから……見つかったら……ヤバい……」


何度か深呼吸をした後、何事もなかったかのように体を起こした。
意識が落ちてからさほど時間が経っていなかったらしい。

彼女は、少しふらつきながら自分で歩いてベッドに座った。
枕元の水差しから、こくこくと水を飲む。
私より年上で私より小柄な人に、初めて会ったかも知れない。
それも含め、確かに一般的に見て可愛らしいであろう人だった。


「ありがと。って言った方がいいのかな。
 ホントは何で邪魔すんのよって言いたいけど」

「別にどちらも要りません」

「でも、助かって良かったかも。そんな可愛い服久しぶりに見た〜!
 超ラブリー!」


……なんなんだこいつは。
死に掛けていたのにいきなりのこのテンション。


「私お洒落が好きなんだけどね、ここじゃちーっとも!お洒落出来ないの。
 ずっとこの地味なパジャマ」


地味かどうかは分からないが、黒地にピンクのリボンをあしらった、
どちらかと言うとベビードールに近い寝巻きだ。
私の今の服装と共通点がない事もない。
胸元にはコインペンダントのような物がぶら下がっていた。


「それで、自殺しようと?」

「まさか!」


部屋の窓を見ると、鉄格子と金属網が嵌っていて飛び降りられそうにない。
ドアの鍵と言い、本来は精神病患者を閉じ込める部屋なのだろう。
実際彼女の病名もそのような事になっている。

だが、割れば刃物になるガラスの器や紐状に出来るタオルもある所を見ると
それなりに「模範囚」なのに違いない。

広さは一人用としてはやや広めに思えたが、窓傍にある机には
画材や紙類が乱雑に積んであった。
アマネが、この部屋で漫画を描いているのは確からしかった。


「あそこで仕事を?」

「そ。わたし、こう見えて漫画家なんだ」

「知ってます」

「でももう描かないけどね」

「何故ですか?担当者の人困ってましたよ?」

「ていうかあなた誰?」

「……」


コイツは本当におかしいんだ、と油断した所でこれか。
正気か狂気か判断しづらい。
夜神にアマネの性格について少し聞いておけばよかった。


「私は……川……流河……」


咄嗟に偽名を考えようとして、アマネには無意味だという事を思い出す。


「にあ、と呼ばれているのでそれでお願いします」

「にゃーちゃんね。名前も可愛いね」

「はぁ」


もういい。
早く目的を達成しなければ。
私は、夜神から渡されたコミックを差し出した。


「ファンなんです。サイン、いただけますか?」


少し唐突かと思ったが、アマネは怪しむ様子もなく受け取る。


「やだぁ。ファンの人に会うなんて照れちゃう」


そして満更でもなさそうに、表紙の裏に書き慣れたようにサインをした。
言わなくても「にゃーちゃんへ」と書いたのは宛名を書く習慣なのだろう。
都合がいい。


「すみません、友だちの分もサイン貰えますか?」


私は不自然に見えないように、金髪の写真と……デスノートの切れ端を
取り出した。


「ここに、この人の名前をフルネームと、彼はモデル時代のファンなので
 すみませんがあなたの本名の方を」


「弥海沙」の名を素直に書いてくれるかどうか分からないが、試してみる価値はある。
上手くいけば、金髪とアマネを両方一度に始末できる筈だ。

だが、アマネは鉛筆を構え、写真を見たまま考え込んでいた。


「どうしました?」

「てゆうかこの人の名前は?」

「……え?写真を、見て下さい」


アマネは写真を裏返してまた表返し、眉を顰めた。


「名前がなきゃ書けないよ」

「写真を見て、名前分かりませんか?」

「は?なんで?そんなの分かる筈ないじゃん」


見ず知らずの他人の前で死神の目を使う訳にはいかない、か。
いやそれにしても、私が死神の目の事を知っていた事に動揺する様子がない。
まさか……。


「マミさん。いや、ミサさん」

「……」

「私の、名は?」

「にゃーちゃんでしょ?」

「私の頭の上に、見えませんか?」

「何が?」

「……」


……記憶は失ったと聞いたが、死神の目も持っていないのか!
いつの間に?
そうか、私がアマネに目を付けた頃……ノートの所有権と同じく、
死神の目も放棄できるのか……。

夜神はとぼけていたが、今日私がアマネに会いに来た理由は分かっている筈だ。
まずはアマネの手で金髪を始末させる事。
それが狙いで、わが身を危険に晒してまで金髪の写真を撮ったと言うのに。


「ちょっと待って下さいね」


私は、携帯電話を取り出して窓際に寄った。
日本でも使える物だが、やはり電波が弱い。
程なくして呼出音が途絶えたが、用心深く無言だった。

夜神だな?、と言おうとして、アマネの手前不味いと気づく。
英語では聞き取られる可能性があるので、スペイン語に切り替えた。


「ダーリン、ニアです」

『やぁハニー。……って事はまだミサの部屋なんだな?』

「何故、彼女が死神の目を捨てたと言わなかったんですか?」

『言ってなかったっけ?』


笑い混じりの返答に、確信犯だと分かった。
何故、わざわざ隠して私がアマネの元に来るように誘導したのだろう。
……単純に、その後のアマネが気になるのか。

窓の下に、偶然だろうが歩きながら電話をしている夜神が見える。
しばらく見ていると私の視線に気づいたのか、ふと顔を上げた。


「彼女、殺して良いですか?」

『へぇ。僕を助ける為に、自分の手を汚してくれるんだ?』


ニヤニヤしながら言った、その表情が突然固まった。


「ライト!!!」


気がつけば、隣にアマネが立って、窓の外を、夜神を見つめている。
この距離で、あの変装なのに分かるのか。


「ライト!ライトオオオ!」


吼えるような声に、慌てて口を塞ぐとがぶりと指を噛まれた。
私が悲鳴を上げると、アマネも少し我に返ったらしい。


「きゃっ!ごめんなさい!」

「い、痛いです……」

「でも、ライトなの!死んだ筈のライトが、窓の外にいたの!」


そしてまた窓に駆け寄る。
網に指を食い込ませて、必死で外を見ていた。


「あれは、ライトという人じゃありません!」

「ライトよ!ミサが間違える筈ないじゃない!」

「今、死んだ筈と言っていませんでしたか?」

「……」


アマネが、へなへなと座り込む。


「……マッツーが。月くんはもういないんだから、って」

「それが、死んだという事ですか?」

「マッツー……しまった、口を滑らせた、って顔してた。
 一年以上も会いに来てくれないのは、この世にいないから……そう思ったら、」

「死にたい、と思ってしまったんですね?」


それで、自殺未遂を繰り返したのか。
まあ、アマネに使い道がない事が分かった以上、死んでくれても構わないが。


「残念ですが、あれは私の彼氏です」

「嘘!」

「本当です。日本人ですらありません。話してみますか?」


これまでの会話は電話を通して夜神にも聞こえているだろう。
アマネに携帯を渡した。
窓際に寄って、夜神を見つめながら恐る恐る耳に当てる。


「もしもし……」

『Dígame?』

「ライト?」

『Mucho gusto.』

「……」

『Senorita?』






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