Girl friend 3 食べにくいハンバーガーを食べ、そのまま夜神に口紅を塗りなおして貰って 店を出る。 何だか常に誰かの視線を感じるようで居心地が悪かった。 「夜神、人のいない所へ行きたいです」 「昼間から?」 「はい?」 「近くのラブホテルでいい?」 「ふざけるな」 夜神は笑いながらタクシーを止め、私を押し込む。 どこへ行きたいかと聞かれて、折角なので目的地の中で一番遠い場所、 ある病院の名を言った。 「それって……」 「何か知ってるんですか? アイザワに聞いた、あなたの元婚約者の入院している所です」 「いや、一般的にタクシーで行く距離じゃないと思って」 「一般人じゃないので問題ありません」 夜神は溜め息を吐いて、カタコト風の日本語で運転手に指示を出す。 「見舞い?」 「可愛らしい人だそうですから私も一度会ってみたいと。 一緒に行きますか?」 「行かない。 面と向かったら絶対に僕だとバレるし、Lにいらぬ腹を探られたくもない。 彼女は元気だと思うよ」 そう言って夜神は、本屋で買ったコミックを差し出した。 線の細い、正直上手いとは思えない絵だったが、出版されているのなら それなりなのだろう。 著者は、早苗真実となっている。 ご丁寧にアルファベットを振ってあったので、日本語の読みが怪しい私にも読めた。 「SANAE MAMI、ですか。という事は彼女の関係者ですか?」 「本人だと思う」 「は?何を言ってるんですかね」 「まあ、直接聞いてみたら?」 妙に自信のありそうな態度を訝しみながら、ぱらぱらとめくってみる。 「どうだ?」 「……膨大な出版物の中からあの短時間でこれを探し出したとしたら、 その慧眼を少し尊敬してもいいです。 それともPCで下調べしてたんですか?」 いやでもどうやって? 名前も違うしキラの名前も出てこない。 アマネミサのアナグラムで片っ端から検索をかける程暇でもなかった筈だ。 「偶々だよ。平積みになっていたし、絵が……前に一度見せて貰ったのと かなり似てたんだ。で、その名前だろ?」 「中身、読みました?」 「いや全然」 ややこしい日本語は飛ばしたが、どうも……明らかにキラをモデルにしたらしい 世界を救う力を持った完璧な男と、彼に見出された平凡な少女の物語らしい。 主人公の外見は、髪型などから、当時の夜神をモデルにしたとしか思えない キャラクターだった。 夜神に渡すと、同じくパラパラと捲っていたが、やがて目を閉じて 大きく息を吐く。 「……」 「これを描いたのが、彼女以外の人間だったら大変な事ですよね」 「……そうだな。金髪どころじゃない脅威だ。本人だったら?」 「気持ち悪い女性ですね」 即答すると夜神は驚いたように目を開け、くっくっと笑い出した。 「ここは、警察病院ではないが警察と……いやどちらかと言うと 公安と深く繋がりのある病院だ」 運転手が英語を解する可能性を考え、タクシーの中では殆ど話さなかったが 古びた病院のロータリーに下りた途端、夜神が重い声を出す。 「そうですか」 「キラとして罪には問えないが、拘束はし続ける、という事だと思う」 「お気の毒です」 敢えて他人事のように儀礼的なセリフを言ったが、夜神は気に留めた様子もなく 裏庭の方に体を向けた。 「夜神」 「何」 「私、今デスノート持ってます」 「……分かってるよ。おまえを置いて逃げたりしないから、安心して行って来いよ」 ロビーに入り、さて、どのように声を掛けて病室を調べたら良いだろう、と 逡巡していると、外来らしい30がらみの男性が声を掛けてきた。 「あの……早苗真実さんの見舞いですか?」 「はい?」 「いや……その、お洋服が早苗好みっぽいんで、知り合いかと」 「昔の知り合いですが、今は一ファンです」 こいつからは情報が引き出せそうだ。 咄嗟に適当に話を合わせる。 「そうか。ただのファンがこの場所を嗅ぎ付けるわけないもんね。 やはりモデル仲間か何か?」 「……」 「あ!申し遅れました。私、こういう者でございます」 大袈裟にバカ丁寧に(全然面白くないが)、差し出されたカードには 出版社らしき社名が刷ってあった。 「ミサの、漫画を出版されている所ですね」 「ええ、担当です。……やはり、その名前を知ってるんだね?」 「彼女とは昔仕事で関わりがあったんですが……正直 漫画を描くとは思いませんでした。上手じゃないですよね?」 嘘ではない嘘を吐き、正直な感想を伝えると 男は苦笑を浮かべた。 「上手すぎない所がいいんだよ。 彼女は、少女達の漠然とした願望に形を与えた」 「はあ……あれってキラがモデルですよね?」 「大きな声では言えないけど、そうなんだ。 今は鳴りを潜めているけど、キラが若い男で、しかも容姿端麗 素晴らしい頭脳を持っていたとしたら。 そんな完璧な男が、群集の中から自分をピックアップしてくれたら」 「吐き気がする妄想です」 「ははっ、手厳しい。でも正体が全く不明だからこそ想像し放題だ。 彼女はキラに妄想の余地がある姿と性格を与え、少女達を狂喜させた。 しかも話の骨子や描写も、意外としっかりしてるんだよ」 ……私は初めて、アマネを始末するべきだと思った。 ちょっと漫画の内容を精査しなければならない。 キラ事件がありのまま描かれていたりしたら洒落にならない。 「それで、私に何の用ですか?」 「ああ、……と」 「私に聞きたい事があるから呼び止めたんですよね?」 「いや、申し訳ない、半分くらいは可愛い子とお喋りできれば、と思って」 「もう半分は?」 男は、驚いた顔をした。 何か変な事を言っただろうか。 「可愛いって、否定しないんだ……」 「嘘ですか?」 「いや、本当だけど」 「言われ慣れてますし、嘘でも本当でも興味がないので」 男はハンカチを取り出して額の汗を拭う。 「早苗は……弊社イチオシの新人なんです。 でも最近かなり不安定なようなので、何か知らないかと思って……」 妙に早口で言った。 不安定なのはアマネだけじゃないだろう? 「分かりませんが、その辺り気をつけて会ってきます。 部屋番号は何番ですか?」 「あの……待っていていいですか?」 「だめです。帰って下さい」 「……」 男から首尾よく部屋番号を聞きだし、軽く睨むと逃げるように早歩きで去る。 私はアマネの部屋に向かった。 案の定ドアに鍵が掛かっているので、持ってきた針で解錠する。 ジェバンニに教えてもらって南京錠くらいなら開けられるようになったが 本当にこんな旧式な鍵を相手にする羽目になるとは思わなかった。 ……かちゃ。 確かに解錠した音と感触があったのに、ドアが開かない。 押しても引いてもびくともしない。 体重を掛けて押すと、漸く少しだけ動いた。 「?」 そのまま押し続けると、ずずっ、ずずっ、と、何か重いものが移動する気配と共に ドアが開いていく。 やっと体を滑り込ませる事が出来るほどの隙間が開き、 中に入ると女性がドアノブを使ってタオルで首を吊っていた。
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