臥薪嘗胆 2
臥薪嘗胆 2








ヨツバはどうしてもLを始末したいらしい。
アイバーのコイル役も上手く行き、ミサの潜入は面白い程に上手く行った。

それどころか、ミサは単独で動いて火口がキラだという証拠……
裁判で使える物ではないが、十分に彼がキラだと判断出来る言質を取ってきたのだ。


「火口……」


つい口にすると、頬に竜崎の視線が突き刺さる。
以前、現キラの名前が僕が記憶を取り戻すキーワードである可能性もある、という
話をしたので、観察しているのだろう。

だが、横目で視線を合わせて小さく首を振ると、さして疑う風でもなく
すぐに目を逸らした。
当たり前だ。これまで何度も火口の名は口にしているのだから。
そして。


「火口……キラが私達の目の前で殺しをしなければならない状況を
 作りましょう」


思わず父と顔を見合わせた。
しかしお互い口を開かない。

父が、キラに敢えて人を殺させて証拠を掴む、などといったやり方が
許容できる訳はない。
しかし、ギリギリまで口を挟まず、様子を見ることにしたのだろう。
竜崎と別れて捜査していた二日間で、己の無力さを思い知ってしまったのだ。

僕は……最初から、犯罪者を見殺しにする、という事に対しては抵抗がなかった……。


「考えがあるのか?」

「なくもないんですが、その前に。どうしても一つだけ引っかかっていることが……」


竜崎が、珍しく話の途中で止まって考え込んでいる。
いつも溢しはしないかと心配なティーカップの中で、
六面体の砂糖だけが少しづつ崩壊していった。

やがて、意を決したように。


「夜神くん。話が戻って悪いんですが、もう単刀直入に聞きます」

「なんだ?」

「殺した事を覚えていますか?」

「!?」


何か言わなければ、そう思うのに咄嗟に口が動かない。

……竜崎が、父や松田さんの前で僕をキラ扱いした。

それは、例の取引がもう無効だという宣言だ。
この先、火口を捕まえたら、そして彼の口から僕がキラだと断じられる証言が出たら
記憶が戻ろうが戻るまいが、僕を逮捕し、司法に引き渡すのだろう……。

そう思うと、足が震えそうになった。


「まだそんな事言っているのか。僕はキラじゃない。何度言えば、」

「質問に答えてください。覚えてますか?」

「覚えていない……」


何とか、平静に返したが。
何を聞かれるのかと思うと口の中が乾いて来た。


「夜神月はキラだった。そしてキラの能力はほかに渡った。
 今夜神月は、キラだった事を忘れている。それを前提にした分析です。
 そういう考え方、出来ますか?」


僕が記憶を失ったキラだったら、という仮定の推理はこれまでに幾度もしている。
わざわざこれが初めてのように確認するのは、父達に対する配慮だろう。


「ああ、やってみよう」

「キラの能力は人に渡った。これは、夜神月の意志で渡ったのか?
 それとも、裏にキラの能力を与えた者がいて、夜神月から他に移したのか?」

「……」


いっそ、また殴ってしまおうかと、思った。
それでも。
こんな時だからこそ、竜崎の問いに誠実に答える。

それは長い目で見ればそれがベストの選択だ、という計算もあり
僕のプライドでもあった。


「どっちですか?」


……僕に、殺人能力を与えた者がいたとして。
正直、そんな者なら僕が逮捕されようが死刑になろうが気にしないだろう。
僕が完全に疑われてから記憶や手段を取り上げるのはおかしい。
取り上げるとしたら、もっと前だ。

逆に僕なら。
このままではもう逃げられないとなった時、不承不承能力と記憶を手放した、
というのはありそうな事だ。
きっとそれまでは、Lを殺せれば何とかなると思っていたのだろう。

僕らしくない。

だが、僕らしいとも思う。


「……その前提なら、夜神月の意志だ」


背後でふうっと息を吐いた音が聞こえた。
父だ。
きっと、僕がキラであったらという恐怖に怯え、けれど同時に
ここまで俯瞰的に推理できる息子がキラの筈がないとも思っているのだろう。

竜崎もそうであってくれると良いのだが。


「ありがとうございます。夜神くんのお陰で99%スッキリしました」


キラの能力は、能力を持った者の意思でしか、動かない。

だから、今更記憶や能力を失ってもどうにもならない、という所まで、
こちらが追っている事に気づかれずに火口を追い詰めなければならない。


「火口が自分から人に能力を渡さない状況を作って
 殺し方を見せて貰います」





竜崎の、松田さんを囮にした作戦は見事な物だった。
今度は僕の方が、全く思いつかなかった方法だ。
テレビを使うなんて、
いや、「L」はマスコミを使うのに慣れているのだろう。


火口が、松田さんの本当の偽名(というのもおかしな言い方だが)を知り、
遂にキラの能力を見せる。

松田さんは恐らく死なないが……。

僕は、どうなるのだろう?
火口が、僕の顔を見て「コイツにキラの能力を貰った」「コイツが最初のキラだ」
そう証言したら。



……いや。それよりもっと恐れるべき事は、

僕に、キラの能力と記憶が戻ってくる事だ。

竜崎の推理でも僕の推理でも、今のキラ……火口が捕まった時、
僕が記憶を取り戻す可能性が高い事になっている。

その方法は見当もつかないが、僕は絶対に直接火口には接触しないつもりだし、
竜崎にもさせるつもりはないだろう。


それでも、戻ってきたら。


以前の僕は知らないが、今の僕には竜崎は殺せない。
ただ神妙にその時を待ち、自白するしかない。

だが……死ぬのはやっぱり怖い。


……いや。


そんな事、ある筈がない。
僕がキラだなんて、そんな事。

火口を捕まえてキラ事件の真相を全て暴いて。
裏で誰かが糸を引いているのなら、そいつも捕まえて。

それで事件は終わる。


竜崎はさすがに僕に謝るだろう。

謝って……もしかしたら、これからもずっと一緒にいてくれるだろう。
Lと共に過ごし、世界の事件に対面する日々は、とても刺激的だろう。


これまでも、これからも、僕は揺らがない。
未来を信じて、真っ直ぐに前を見て歩いていく。


疑われ、手錠で繋がって過ごした数十日を、
竜崎と共に笑い飛ばせるその日まで。





--続く--




※奈南川を「ナミカワ」で単語登録する手間を惜しんで「ならみなみかわ」で変換して
 「良」を消していたのですが、さっきまでまだ「奈良南川」がありました。 
 ほかにもあったらごめんなさい。






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