FROZEN 3
FROZEN 3








「しかし『幸せですか?』という質問を二度までもはぐらかすという事は、君は今幸せではないのだと判断します」

「かもね」

「結婚は?」

「ミサと結婚したけれど……子どもが産まれる前に、二人とも」

「そうでしたか。悲しかったですか?」

「いや」

「即答ですか。
 さすがに、自分の子どもが産まれるのは楽しみだったんじゃないですか?」


その事は自分の中でとうの昔に整理が付いている。
いや、最初から整理が必要な事だったのかどうかすら。


「それとも、足枷が増えて困ると思ってました?
 キラである為には家族さえ平気で切り捨てる事が出来たあなたですしね?」

「ああそうだ……僕には家族の死を悲しむ資格も悼む資格もない」


Lは指を口から放し、ポケットに突っ込んだ。


「また……驚きました。本当に、大人になったんですね、月くん」

「そうかな?」

「はい。少し……困りました」


Lはそこで何故か、僕を通り抜けるような遠い目をした。
それから、天を仰ぐ。
魚の腹のように真っ白な喉仏と、首筋が目の前に曝された。
これは初めて見たような気がするが……気のせいだろうか。


「雪が降ってきました。吹雪になります」

「そう」

「その、あなたに夢の中と思われたままというのも癪なので種明かしをしますが、」


そこでLは、崩れるように片膝を付いた。
さく、と小さなパイを切るような音がする。


「時間切れなので手短に言います。
 ここ数年、あなたの手を煩わせた犯罪、事故の90%は私が起こしました」

「……は?」

「勿論裏で手を引いたという意味で、あなたの言う『怠惰な二割』も利用しました。
 モリアーティ教授を気取った訳ではありません、私なりのキラの裁きをしたつもりです」

「いや……え?……犯罪?おまえが?」


だってさっきも。僕は間違っていたって。


「ですから私なりの、と言っています」

「……」


何だこれは……。


僕の発想じゃない。
夢の中では時々驚くような事が起こるけれど。
夢の中の僕はそれを淡々と受け入れている。

こんなに、
一体、

……僕の知っている、Lじゃない。


何だこれは。


「キラが必要なくなったのは、偶然なんかじゃない。
 全然気付きませんでした?」

「いや……」


そんな気配を感じてはいた……。
けれどニアは僕の手の内だし。
他に、ここまで上手く僕を出し抜ける、おまえみたいな奴がいるとも思えなかったし。


「私あの時、死にませんでした」

「……!」

「理由は、今となっては分かりませんが死神がスペルでも間違えたか、事故が起こったか」

「……」

「ワタリが死に、不穏な空気を感じて何となく死んだ振りをしてみただけなんですが。
 直感に従って良かったです。
 あのあなたの凶悪な笑いを見て、自分の判断の正しさを知りました」


僕は両手を持ち上げて、あの、Lの身体を受け止めた感覚を思い起こす。
僕の表情を見て見開いた後、ゆっくりと閉じられていく瞼。
力が抜けて、重くなって行く身体。

直前のPCの事があったので、疑いもしなかった。
我ながらどうかしていた。
迂闊過ぎた。


しかし。
という事はやはりこれは……現実なのか?
それにしては。


「口惜しそうな顔をしていますね?」

「ああ……。レムが残したデスノートにおまえの名前らしき物があったから安心してたけど。
 死神は人間を助ける為にデスノートに名前を書くと死ぬそうだから、ワタリさんを殺した後、おまえの名前を最後まで書く前に死んだのかも知れないな」

「そんな決まりがあったんですね」

「おまえの名前って、L=ローリー?」

「違います。私、あなたに長年ローリーだと思われてたんですか?」


その不満げな顔に、僕は両手で顔を覆って場違いにも笑ってしまった。
腹が捩れる程笑った。

だが、顔に両手が触れている感覚はあれども、両手の感覚はなかった。

顔を上げると、Lは既に両膝を雪の中に付き、太股に手を突いて、俯いている。


「限界です。寒さを感じなくなって来ました」


という事は、Lは今まで寒さに耐えていたのか。
これが夢の中でないのなら当たり前の事だが。


「で、どうしてこの状況な訳?」

「本当は、あなたに……Lが生きている事を悟らせ……復讐にさんざん怯えて貰った後……死んで貰うつもりでしたが」

「……」

「その、殺し方を考えた時……雪山で凍死して、貰うのが一番だと、思いました」

「何故?」


俯いたLの黒い髪に、雪が降り積もっていく。
首筋に落ちた雪も解けないのが、まるで無機質な人形のようだとぼんやりと思う。


「死体が、きれいに残るからです……」

「……」

「あなたはさっき、私に恨んでいるかと訊きましたが。
はぐらかしたのではなく、自分でも、複雑で、分からないんです……。
 あなたを殺したい……けれど、死体を損壊したい程ではない……むしろそれはしたくない」


俯いたLの、呼吸がぜいぜいと荒い。
だが、吐いた息は白くない。
体温が相当下がっている。
不味い。


「そう思うと、来年までは待てませんでした……。
 ぎりぎり雪が降る今の時期、そしてあなたの誕生日に……」

「僕に、死をプレゼントしようと?それにしては何故おまえまで、」


Lは少し顔を上げて最後に僕を見た。
既に死人のような顔色だった。


「……あなたを、殺せば、もう私がこの世に存在する……意味も、なくなる。
 それに……死にかけたあなたを見て、助けて、しまわない自信が、ありませんでした」

「……だからって」

「だから。付き合う事にしました。
 あなたどころか、自分自身すら助けられないような状況に、」


言葉を切ったと思うと、横に倒れ、雪に埋まる。
今度は何故か、殆ど音がしなかった。


「おい!待て!」


僕は立ち上がり、歩きだそうとしたが足が雪の中から出て来ず、前に倒れる。
懸命に立ち直り、足を一本づつ抜いてLに近付いた。


「それで?捜査本部の仮眠室に忍び込み、眠っている僕に薬を盛ったのか?」

「……はい……」

「で?ヘリか何かで連れてきて、ここに置いて、自分もその前で、僕が目覚めるのを待った?」

「……はい……」

「おい!自分で説明しろよ!僕が眠ったまま凍死したらどうするつもりだったんだ?」

「……それは、薬……」

「待て!起きろ!」


僕はLを抱き起こし、その頬を叩く。
その感覚の鈍さに、自分も不味い位に凍えている事を知った。






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