FROZEN 4
FROZEN 4








「……なんてね」

「え?何だって?」

「嘘、です」

「は?何が?」

「……あなたを、助けてしまいそう、だなんて。
 本当は。あなたが死にゆくのを、この目で、間近で見たかった、だけ……」

「ああそう!今更変な意地張るな!起きろ!」


僕はコートを脱いで、Tシャツ一枚のLに着せかける。
下手したら僕が目覚めた時には目の前にLの死体が、という状況だったんじゃないのか。

自分も転びながら、一本づつLの足を雪の中から引っ張り出す。
素足だったので雪に出来た穴の中を探ると、案の定踵の潰れたスニーカーが出て来た。


「おまえ本当にバカだな!僕が死ぬのを見たかったのなら、せめて僕よりは厚着して来いよ!」

「……」


いや、Lの事だから僕より先に死ぬ事すら計算なのか?
Lの死体を見ながら、僕が絶望に打ちのめされたまま死ぬとでも?

……いや。

Lは、そんな男ではない。
人が悪い所も、自分の命すら駒としか思っていないような所もあったが。
確実でない事に命を賭けるような事はしない。

僕はLの足にスニーカーを履かせ、辺りを見回した。
どこか。
そうだ……さっき僕の背後を見ていた。


「気温が上がっていますから……下手に動くと、雪崩が起きますよ……」

「まだ生きていたのか。木が生えている場所なら大概大丈夫だ」

「知って……ましたか」


雪がどんどん激しくなって来たが。

僕は自分が立っていた場所の、もっと向こうの木と木の間に黒い影を見つけ、Lを背中に背負った。


「何……」

「死なないなら黙ってろ」


重い……。
足が、動かない。
立っているのがやっとだ。

薬のせいで眠ったまま、長い間雪の中に放置されていたのだ。
動けなくて当たり前だ。
その上背中には重い荷物を背負っている。

だが、動かない訳には行かなかった。

あの場所まで、二十メートル……以上はあるだろうな。
平地なら何でもない距離だが、この雪山でとなると。


「往生際……悪いですよ、月くん」

「うるさい。あそこに見えているのは恐らく炭焼き小屋か作業小屋だ」

「どう、でしょうね」

「とにかくあそこまで辿り着けば、雪も凌げるし暖も取れる」

「……」


Lの冷たい溜め息が、髪に触れたのを感じる。


「太い、木の影、なんじゃないですか?」

「いや、小屋なのは間違いない」

「……だとしたら、都合が良すぎですね、夢オチですか」

「そんな筈ないだろ。全部おまえの計算づくなんだ。
 この場所も、近くに小屋がある事も」

「だとしても、あなた一人なら何とか辿り着けるでしょう。
 私を背負っては、無理です」

「おまえ、最初からそのつもりだったんだな?」


場所どころか、Lと僕それぞれの服装、僕に盛った薬の量、僕が目覚めた時の二人の位置関係から視線の遣り方まで。


「全部計算して、ぎりぎりおまえが先に死ぬか、あるいは生きていてもおまえを見捨てなければ僕が生き残れない状況を作ったんだな?
 もう一度僕におまえを殺させる、つもりだったのか?」

「計算では……、もう少し早く吹雪く筈だったんですが」

「やっぱり、そうか。何が目的だ?」


僕はLに掛けたトレンチコートからベルトを抜き取り、Lの膝裏を通して自分の腰に結びつけ。
Lの腕を肩に掛けさせ、その脇の下からコートの袖を僕の肩に掛けて前で結ぶ。

これでLを固定し、両手が使えるようになった。


「……ベルトは……私を殺す為に使うかと思ったのですが……抜き取っておくべきでした……」


ぼそぼそと言うLを無視して、一歩、一歩、雪を踏みしめる。


「……だから、困ったと言ったんですよ……」


革靴が脱げたが、もう取る余裕はなかった。


「もう喋るなよ。分かってるよ」

「何が、ですか……」

「おまえは、自分を、もう一度殺させて、僕に、更に重い十字架を、背負わせるつもりだったんだ。
 僕がおまえを忘れるのが、許せなかったんだろう?」

「……」

「キラ事件の時の、TV中継と言い、何度、僕の為に自分の命を賭ければ、気が済むんだ。
 そんなに、僕の事が好きなのか?」

「……」


その時、背中でLが痙攣した。
思ったより早く命が抜けたのかと一瞬ぞっとしたが、どうやら笑いの一種だったようだ。


「私が、あなたを?」

「気付いてたよ、おまえのラブレター」


そう。
同種の事件現場を地図上で結んだ時現れた、「L」の文字。
国際サイバーテロの声明文の中に隠された、「DEATH NOTE」の文字。
情報漏洩した人物の頭文字を繋げた時に現れた、「KIRA」の文字。

あまりにも沢山の情報の中に埋もれていたので……。
いや、自分の願望がこの文字列を出現させたのだと判断してしまったのだ。


「吹雪が、もっと早く、来る筈だったと、言ったでしょう……」

「来なかったのが、必然、だよ、神は、僕たちを、生かす事を選んだんだ」

「……本気で、あなたを殺すつもりだったと、言いたかったんです……」

「ああ、心中、したかったのか」

「……」

「どちらでも、いい。
 意地でも、あの小屋に、辿り着いてやるから、な。
 おまえの、事だ、あそこに辿り着きさえすれば、助かるように、用意してあるんだろ?」


足が……上がらない。
雪が。


「……あなたは、何故、私を……助けようと、するのですか?」

「当たり前だろう?!人として!」

「私は、今や犯罪者です」

「……」

「それに……あなたは昔、死ぬほど私を殺したかった筈」


……ああ。


ああ、そんな事もあったな。


本気でそんな感想しか湧かなかった。
そう、あの頃。
僕はこいつを殺す為に、あれ程知力を絞って。


「……さっきも、言っただろう、おまえと、話せて、嬉しかったから、だよ!」

「……」

「黙る、なよ!嘘!だよ!生き残る、為には、おまえの、体温が、必要だから、な!」


朦朧とする意識を奮い立たせるために無理矢理喋りながら、一歩一歩雪を踏みしめる。
足が持ち上がらず、半ば倒れ込むような亀の歩みだが、着実に近付いてた。


「……現役警官の、体力を舐めてました」

「みたいだな。小屋に着いたら、裸になって、愛を、確かめ合おう」

「き。……気持ち、悪いです月くん……」

「じょ、冗談に、決まってるだろう!ただ、濡れた、服を、脱がないと、体温が、」

「襲わないですか?」

「ふざけ、る、体力が、あるなら、下りて、歩け!」

「いえ……あなたを受け入れる、体力が」

「もう死ね!体温だけ残して、死ね!」



手も足も鼻先も、凍るほどに冷たいが。
身体は、湯気が出る程に熱い。

特に背中が。



……あの頃でも、これほどLと密着した事はなかった。

自分が殺した相手の、体温をこんなに身近に感じている事が。

あの頃あんなに殺したかった相手を助けるために、こんなに必死になっている自分が。



ただただ笑えて。

吹雪の中、息苦しさに苛まれながら僕は、
ハイになっていた。








--了--






※2015HAPPY BIRTHDAY LIGHT!






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