FROZEN 2
FROZEN 2








そんな事を思ったのが数日前。
期待と僅かな恐れに反して、Lは夢に登場しなかった。

というか夢を見なかった。
大きな事故が続いて忙しく、満足な睡眠が取れなかったのだ。
下らない小さな犯罪も続いている。


そんな時。


Lを見かけた。



「あ。」


自分でも間抜けな声が出た。
夢で会うかも知れないと覚悟をしていたというのに。
実際見ると吹き飛んでいたのが口惜しい。


辺りは水墨画の世界。
真っ白な背景に白いTシャツが溶け込んで、ぼさぼさの黒い髪も黒い瞳も、一瞬木の枝か枯れ葉による錯視かと思った。


どこの雪山だろうか。
スキー場のコースの外なのか、黒い杉がぽつぽつと生えた林のような場所に、雪が積もっている。
杉の根元は丸みを帯びて窪んでいて、随分柔らかそうだ。

その雪景色の中の、L。
まるで冗談としか思えない鮮やかさ。


ふと、Lは寒くないのだろうかと思う。
空調が効いていたビルの室内と全く同じ格好なので。

そこで初めて自分の服装を見てみると、一番見慣れたスーツの上に、いつものトレンチコート。
太い倒木に腰掛け、膝まで雪に埋まっているが、その下にはいつもの革靴を履いているであろう事は想像に難くなかった。

それでも寒くない。

僕は混乱した。
寒くない筈のない状況で、寒くない。
死んだはずの人間が、目の前に立っている。


「お久しぶりです、月くん」

「ああ」


おもむろにLが話し掛けてきたのに、何気ない声で返せた事に安堵する。
だが次の言葉は出なかった。


「……」

「……」

「……何か、言う事はないんですか?」


寒くないのかと訊きそうになって、自分も寒くないのだから無意味な質問だと気付いた。
これは、雪のように見えて雪ではない何かなのか。



いや……。



そうか。
そういう事か。


「……何も。おまえの方は?」

「少し想定外で驚いています。質問攻めに合うと思っていたので」

「ああ……訊きたい事は色々あるけれど」


……折角、二度と叶わないと思っていたLとの対談だ。
それなりに楽しんでも良いだろう。


「まず……僕を恨んでいるか?」

「恨む……というのとは少し違いますが、今もあなたは間違っていたと思っています」

「はぐらかすなよ。ワタリさんやおまえを殺した事だよ」

「その質問はキャンセルします」


相変わらず惚けた物言いに、思わず小さく噴き出す。


「勿論、メロを殺した件もです」


何で知っているんだ、と反射的に訊きそうになったが、これで完全にはっきりした。


……これは、Lのゴーストではなく、僕の夢だ。


僕の夢の中だから、Lも僕と同じ情報を持っている。
死後に起こった出来事も知っている。
客観的にも存在するLではなく、僕の記憶の中のL。

これだけリアルで僕も自分の思うように動ける所を見ると、明晰夢というやつか。


「あなたの考えている事は大体分かります」

「だろうな」


おまえも僕なのだから。


「夢だとでも思っているんですね?」

「ああ」

「やけにリアルではあるけれど、目が覚めたらきっとまた曖昧になっているのだろうと」

「ははっ」


思わず笑う。
我ながら、心底楽しそうな笑い声だった。
どのくらいぶりだろう、こんな風に笑うのは。


「あまり時間がありません。そちらに質問がないのなら私から訊きます」

「いいよ」

「今の世界に、満足していますか?」

「概ね、ね」

「概ね?」

「さあ……言うに言われぬ不安定感というか。何か違う所があるように思うんだけれど。
 さすがの僕も、年のせいかな、と思ったり」


Lは赤らんだ指を、昔のように口に咥え、目を見開く。


「その辺り、追求してみなかったんですか?」

「最近事故が多い。細かい事件が無くならない」

「はあ」

「事故は、地下鉄の運営プログラムの不具合と大規模停電。
 事件は立て続けの情報漏洩、立て続けのサイバー詐欺。
 全部僕の管轄だ。有り得ないだろ?」

「有り得ないですか?」

「有り得ないよ。僕に個人的な恨みでも持った組織的犯罪者でもいるなら別だけど。
 もう、主な大犯罪者は大概始末したし」

「へえ」


Lはニヤリと、嫌な笑い方をした。


「あなたの管轄でないのなら、ありですか?」

「割り合いとしてはね。二割のクズは、必要だ」

「ほう」


口の両端を上げたまま、ゆっくりと瞬きをするのが懐かしい。
そう言えばこんなだったな、こいつは。


「怠惰は罪じゃない。
 小狡く罪を逃れる奴は裁くべきかも知れないけれど、キラのせいかどうか最近はそれが自然淘汰されている」

「もうキラは必要ないと?昔のあなたからは考えられない台詞ですね」

「そうでもないよ。魅上の考え方は違ったようだが。
 そう言えばあいつは今頃どうしてるんだろうな」

「関西圏は、京都を中心に人口が少しづつ減っていってましたが。
 最近、その魅上という人も他界して、人口減少は止まったようです」

「そう、なんだ」

「あなたは正解ですよ」


何だか上から言われているようで思わず眉を顰めたが、Lは気にした様子もなく続けた。


「では次の質問です。君は今、幸せですか?」

「満足しているよ」

「幸せですか?」

「今この瞬間という意味なら、幸せだ。
 おまえと話せるという事が、自分でも驚く程嬉しい」

「……」


Lは笑いを消して目を見開いた後、珍しく視線を彷徨わせる。


「照れてる?」

「はい……あなたが異常に素直なので、私も認めますが……。
 多分今の心情は『照れている』のだと思います」


僕はまた笑った。
あのLが、僕の前で照れている。
自分の夢の中の事だと分かっていても、やはり面白かった。






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