帯我到月 6
帯我到月 6








それから結局誰も欠ける事なく、ぞろぞろと近くのビルに移動する。
どかっと座った体育会系がまずアップテンポの曲を歌い、その後
アケミがアイドルグループの歌を歌い、女子が唱和してそこそこ盛り上がっていた。


「夜神くん。歌わないんですか?」

「歌はあまり得意じゃないんだ……高田さんこそ、歌わないの?」

「あまりこういうノリは得意ではなくて」


なら、来なければ良いのに。


「夜神くんの歌が聞いてみたくて来たの」

「ああ……ごめん。期待に添えなくて」


片隅で高田と静かに飲んでいると、大塚が来て
高田に一緒に歌おうと誘った。


「僕も高田さんの歌声、聞いてみたいな」


適当に話を合わせると、不承不承を装って立ち上がる。

二人が歌った女性グループのテクノ調の歌は無難で、
音が外れてはいないけれど上手くもない、高田の歌声に良く合っていた。
こんな、どうでも良い所でまで小器用な所も僕に似ていて、少し苛々とする。


「流河くん!寝てないで歌おうよー」

「そうそう。流河くんはやっぱり流河旱樹でしょ!」

「いやぁ、私は名前だけで。
 流河旱樹に似ているのは、どちらかと言えば夜神くんでは?」

「確かに!夜神くん似てる!」


そんな流れから、いきなり僕がアイドルの歌を歌う事になってしまう。
まあ粧裕が好きで良く見ていたから、何となく曲は覚えているが。


「一人では心許ないな。ああそうだ、京子さん、この曲知ってる?」

「いえ、全然」

「京子はテレビ見ないからねー」

「あ、私知ってます」

「じゃあ大久保さん、一緒に歌ってくれる?」


何となく、二人でマイクを持って前に行く。
適当に歌ったが、女の子達はきゃあきゃあ言ってくれた。


「まだ歌ってないの流河くんだけだからー何か入れてよ」

「私も日本の曲知らないんです」

「おお、帰国子女だ!」

「なら英語の歌うたってよー、英語ー」


そんな事を言いながらまさか歌いはしないだろうと思っていたが。
意外にもリモコンを取って、何か入れている。

京子さんが昭和の唱歌を歌った後、聞き慣れないハードなギターが流れた。
流河がマイクを持って猫背で立ち上がる。


『では私は、物真似します』

「え!誰の?」

『Frank・Sinatra』


ぼそりと良い発音で答えたが、シナトラって、あの昔の歌手のフランク・シナトラか?
このアップテンポな曲調は絶対違うとおもうけど。

が、歌い出してみれば、アレンジは相当現代風だが、有名な曲だった。



『Fly me to the moon
 Let me play among the stars
 Let me see what spring is like
 On a-Jupiter and Mars……』


私を月まで連れて行って下さい。

星空で遊ばせて下さい。
木星や火星の春がどんなか、見せて下さい。



さすがネイティブだ、きれいな発音だったが、いつもテンションの低い竜崎が
だみ声でハードロック調に歌うのを、うっとりと見つめている京子さん以外は
全員口をぽかんと開けて呆気にとられている。
フランク・シナトラとは似ても似つかない。



『In other words, hold my hand
 In other words, baby, kiss me……』


つまりどういう事かと言うとですね……私の手を取れって事ですよ。

私にキスしなさい。



シャウト混じりの擦れた歌声、上手いのかどうなのか全く分からなかったが
それなりに聞ける、器用な歌い方だ。
間奏が始まると、男も女も歓声を上げて喜んでいた。



『You are all I long for
 All I worship and I adore
 In other words, please be true
 In other words
 In other words, I, love, you』


あなたは私がずっと待ち続けた、ただ一人の人。
唯一憧れ、慕う人。

ですから、嘘を吐かないで下さい。

つまり……愛しています。



こ……こっちを見ながら歌うな!

本物のシナトラのような、甘い声でも甘い表情でもない、
殺意すら感じさせるような険悪な歌い方なので誰も気付いていないと思うが。
何となく、京子さんの視線が頬に刺さる気がする……。
明日から変な噂が立たないと良いけど。


終わった後、拍手をしながら体育会系田端が、笑いながら僕の隣に座った。


「流河くんは本当に夜神くんが好きなんだね」


竜崎のバカめ!


「……悪巫山戯の激しい奴で」

「流河くんって意外とモテキャラ?
 なんか、あんな歌聞かされたらこっちまでドキドキするなぁ。
 夜神くん、女の子持って行かれてるよ?」

「ははは」

「もっとドキドキさせてあげましょうか?田端くん」


また、音も無く忍び寄ってきていた竜崎が、不意を突いて
体育会系田端の膝の上に跨がった。


「ひっ!び、びっくりするなぁ、流河くん!」


流河は構わず、長い腕を田端の首に絡ませ、その耳に口を寄せ
一曲で潰れて擦れた低い声で囁いた。


「あまり月くんと仲良くしないで貰えます?」

「え?いや、いやいや、」


流河は絡み始めた時と同じように素早く立ち上がり、
今度は僕の襟首を掴んで後ろの壁に押しつけた。


「痛っ!」

「おまえもおまえだ。でれでれすんな」

「はぁ?」


僕も頭に血が上り、思わずその腕を掴む。


「何だって?」

「私以外の人間と、しゃべるなっつってんですよ」

「頭……おかしいんじゃないのか?無理だろ?そんな事」

「おかしくて結構。なら……」


低い声での遣り取りだったが、竜崎はより一層声を低め、僕の耳に口を寄せた。


「私が好きだと、言いなさい」

「……」

「この場で」

「それも、無理だ……」

「言いなさい。私が好きだと。私だけを愛していると」

「……」

「言え!早く」

「……」


拳を握りしめて、殴ろうかと思った瞬間、
田端と大塚が僕達の間に入る。


「まぁまぁまぁまぁ!流河くんロープロープ」

「はいはい、女の子が歌うよー」


見れば、京子さんと高田が僕達の小競り合いに気付かず、
お立ち台に立っていた。






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