帯我到月 3 高田と京子さんと分かれ、授業を受けた後、午後六時半に 大学近くの居酒屋で待ち合わせた。 時間きっちりに着いたが、先に座敷に上がっていた女の子達の内、 京子さん以外の女子二人が驚いた顔をする。 「え……流河くんと夜神くんって……。 ええ!本物の流河くんと夜神くんだったの?!京子ちゃん!」 「うん。あ、アケミに会いました?」 「ああ、入り口で案内してくれたよ。 上野さんと大久保さんだったかな?今日はよろしくお願いします」 「こ、こちらこそ!」 二人とも明るそうな雰囲気だが、けばけばしくはない。 ピンクのカーディガンとベージュのジャケット、太ってもおらず痩せてもおらず、 アケミや京子さんと似た、可も無く不可も無いタイプだ。 「どうもー!上野ちゃん来てる?」 少し遅れて、男二人が入って来た。 声の大きい体育会系の男と、眼鏡を掛けた優男。 体育系は割とモテそうな、いわゆる肉食系男子だろう。 「あと一人来るんだって?その後アケミちゃん来るから 先に適当に注文しておいてって」 「そうなんだー。あ、この人私と同じ塾だった大久保さん。 それからこの人がアケミの高校の時の友だちの京子ちゃん」 「初めましてー!」 上野さんと少し話した後、こちらを見て、ぎょっとしたように固まる。 「あ……どうも。今日はよろしくです」 「こちらこそ」 「ええと、田端です。こっちが大塚。 二人ともアケミちゃんと同じ考古学サークルの一年です」 「あ、どうも。僕は夜神で、これが流河。同じ一年ですね。 二人とも京子ちゃんの友だちです」 「そうなんだー。えらくイケメン連れてきたんだねぇ。 負けちゃうなぁ」 「もうやっだー!そんなんじゃないでしょ。 っていうか、夜神くんと流河くんって、首席入学の二人だよ!」 「えええ!マジ?うそ! っていうか夜神って夜神つき?全国模試ずっと一位だった?」 「ごめん。月と書いてライトって読むんだ」 それから、体育会系が店員に当たり前のように生中を人数分頼み (確かに彼は二十歳を超えていそうだったが) 適当に唐揚げだのサラダだのを頼む。 その後は、元々の友人らしい体育会系と上野女史が盛り上がり、 眼鏡の大塚が時折それに突っ込み、残りの三人は笑ったり頷いたりしながら それを聞いていた。 「東大で首席って、そんな奴が本当にいるんだな」 「そりゃ居るでしょ、毎年」 「いやそうだけど。実際に会うと、妖精か何か見たような気分になる」 「意外と普通なんですね」 「それは普通ですよ。入試の時偶々調子が良かっただけで」 「いやいや!模試でもずっと一位だったんだから。 頭ん中どうなってるのか見てみたいよなー」 その時、ふすまが開いてアケミが高田と共に入って来る。 男達の目の色が変わったのが、あからさまに見て取れた。 「わー……。えっと、あの、東大の一年生の合コン……です、けど?」 「はい。教養学部です」 「そうなんだ……いや、モデルさんかと思った」 「高田さ〜ん!」 「あ、京子ちゃん!」 「高田さんはミス東大の呼び声高かったのに、エントリーしなかった、 影のミス東大!という、京子からのご紹介でーす」 「いやだわ、そんな」 アケミの勿体ぶった紹介に、さすがの高田も頬を染める。 だがやはり満更でもなさそうだ。 「では、みんな揃った所でビールも来たし、まずは乾杯と行きますか」 「アケミー!」 「よっ!」 「それでは僭越ながら、乾杯の音頭を取らせて頂きます。 今日は初対面の皆さんもいますが、楽しく飲みましょう!乾杯!」 「かんぱーい!」 「あ、私りんごジュースお願いします」 皆が飲み出したタイミングでの突然の流河の発言に、何人かが吹き出す。 「しまった!おしぼりおしぼり!」 「きゃー!ごめんなさい!」 阿鼻叫喚の中、渦中の竜崎だけが平然としている。 目の前のジョッキには、手も着けていなかった。 「おまえ……乾杯くらいしろよ」 「ビールって甘いんですか?」 「そんな訳ないだろ!」 「なら飲めません」 僕が溜め息を吐いていると、流河の向かいに座った京子さんが 助け船を出した。 「あ……私もどちらかと言うと日本酒の方が」 「日本酒って甘いんですか?」 「はい。生酒とか大吟醸の甘口のは甘くて飲みやすいですよ」 「なら、私もそれで」 「でも私も最初のビールは飲みますけど」 竜崎が不興げに膝を抱えたのに、僕が畳み掛ける。 「日本では食べ物を粗末にするとバチが当たるんだよ。 一杯目は飲め」 「夜神くんが飲んで下さい」 「嫌だよ、僕は自分のがあるし、一杯目飲み終わる頃にはぬるくなってるし」 「ならジュースと混ぜます」 全く、強情だ。 京子さんに愚痴ろうと思ったが、京子さんはそんな竜崎を きらきら潤んだ目で見つめていた。 ビールにジュースを混ぜて飲もうとする男のどこが魅力的なんだ! 「ええー、高田さん、今年こそはミス東大にエントリーして下さいよー」 「オレ絶対応援する!」 男達とアケミが高田に群がっているので、僕はグラスとジョッキを持って 上野さんと大久保さんの所へ移動する。 「飲んでますか?」 「あ、はい!」 二人とも既に真っ赤になっていた。 いや、僕が来てからか? 「何だか……夜神くんとお話出来るなんて、嘘みたいです」 「え、どうして?」 「だって有名人ですよ!ずっと模試で一位だったし。 どんな人か、東大の入学式で見ようって、みんな注目してましたから」 「そうなんだ?」 「そしたらすごく格好良かったからびっくりして!」 「そうそう。ファンクラブも出来てたよね」 知らなかった……。 出来るだけ目立ちたくない僕としては、やや迷惑な話だ。 「そうなんだ、知らなかったよ」 「あまり学校来なくなりましたもんね?」 「そうそう、流河くんも」 「二人とも優秀すぎて、政府とか公安とか、外国の諜報部にスカウトされたとか、 色々噂になってたんですよー」 「いや、まさか。 普通に体調を崩してたんだ。やっぱり受験勉強で負担が掛かってたみたいで」 「そうなんですか。流河くんは?」 「さあ。知らない。特に親しい訳じゃないし」 「うそだー。一緒に復活したし、いつもリムジンで送って貰ってるって聞きましたよ?」 うわぁ……案の定見られていたか……。 まあ、女の子の居る合コンに出たと言う噂が広まれば、それも消えるだろうが。
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