帯我到月 2
帯我到月 2








「ところでご飯が終わったら皆さんはどうなさるの?」

「夜神くんと私は、三限はないので特に予定はありません」

「私は……アケミから連絡がある筈だったんですが……この時間にないって事は
 多分会うのは三限終わってからですね」


高田の問いに竜崎が勝手に正直に答え、続いて京子さんが答えた。


「なら、お茶碗を見に行きませんか?」


唐突な申し出に、流河も京子さんも僕も口の中で、あるいは頭の中で
「は?」と言ってしまったが、高田は動じない。


「付属病院の向こう側の、大観 記念館で今お茶碗の展示をしているんです。
 私、お茶を習っているので行きたかったんですが、一人では行きづらくて……。
 付き合って貰えないかしら?」


主に、最も断られる可能性の低そうな京子さんに向かって話し掛ける。
京子さんが行けば竜崎も行く、竜崎が行けば僕も行くとでも思っているのだろうが、


「良いですね!私もお免状をいただいてるんです。
 ね、流河くんも夜神くんも行きましょう」


っておい!
勝手に決めるな!

と言えない自分の外面が憎い。


「いいね、偶には美術鑑賞も、」

「私は全く興味ありません」

「おい」


竜崎は本当に、全く空気を読まないんだな……。
まあ、それならそれで、


「なら僕達だけで行くよ。また社学で会おう」


笑顔で手を振ると、


「夜神くん」


険悪な顔で睨んできた。


「何」

「夜神くんも行かなくて良いでしょう。
 すみません、京子さんと高田さんで行って来て下さい」

「え……」

「いや、なんでだよ!おまえが決めるなよ」

「だって、私が居なかったら寂しくないですか?夜神くん」

「いやいや!別に……」


言いかけた所で、流河の目が少し笑っている事に気付く。
ちっ。
また、「監視から逃れようとしたら本国で監禁」、か。


「どうだろう。ちょっとは寂しい、かな?
 なら流河も来いよ」

「私は行きません。夜神くんも本当はさほど興味ないんでしょう?
 我々は図書館ででも時間を潰しましょう」

「あら。流河くんは一人で居たら不安なタイプ?」


そこで今度は高田が、空気を読まない振りをしてわざとらしく流河に声を掛けた。


「人一倍自立したタイプに見えたけど、意外と可愛いんですね」

「……」

「でもそろそろ親離れ……というか一人で行動出来るようになってみては?
 まずは一時間から」


竜崎は高田を睨むが、高田も怯まない。
冷笑を浮かべて流河を見返していた。


「ねぇ?夜神くん、京子さん、行きましょうよ」


そう言って高田がトレイを持って立ち上がったが、


「行かせませんよ」


竜崎が続いて立ち上がろうとした僕のトレイを押さえる。


「高田さん。その言葉そっくりお返しします。
 茶碗くらい一人で見に行けないんですか?」

「あら。それは口実ですよ。
 私、京子さんとお友だちになりたくて。
 夜神くんとも久しぶりにゆっくりお話したいし。ねぇ?」

「……」

「その位の空気は読んで下さいよ、流河くん」


高田が、竜崎を空気の読めない男扱いした上で
「あなたとは友だちになりたくない」と遠回しに宣言して黙らせた……。

さすがと言うか、やはりと言うか、見た目よりずっときつい。

竜崎は確かにこのメンバーの中で一番賢いかも知れないが
社会性ではダントツ最下位だ。

対して「美人」と言われる容姿で、東大に入る成績の持ち主である高田が、
否応なしに対人スキルを磨き上げてきた事は想像に難くない。
似たような立場だった僕には分かる。

だが、相手の気性を読み間違えたのは失敗だったな……。
下手したら消されるぞ、おまえ。


「あの!」


その時、黙ったままだった京子さんが声を上げた。


「私……、流河くんにも来て欲しいです」

「京子さん」

「いえ、あの。どうしても興味が無かったら、その、無理は言いませんが、
 流河くんが来てくれなかったら……私が、寂しいです」


震えながら訴える京子さんに、高田も竜崎も毒気を抜かれたように肩を落とす。
一触即発だった空気を一瞬で霧散させるとは、大したものだ。
高田は命拾いしたな。


「そうだよ、流河。僕も本当に見たいんだ。
 だから、一緒に来てくれないか?頼むから」


仕方なく僕が折れてやると、


「……夜神くんがそこまで言うのなら」


竜崎も渋々と言った様子で腰を上げた。
高田も面白くはなさそうだったが、初対面の京子さんと二人で
茶碗を見に行く事を思えばマシだと思ったのだろう、黙って着いてくる。

先に歩き出した竜崎に、何気なく京子さんが並んだので
後ろからそれを眺めていると、自然高田が僕の隣を歩き出した。


「あの二人、お似合いね」


ある程度長身で、両手をポケットに突っ込んで猫背で歩いて行く竜崎と、
その隣をちょこちょこと追いかけていく小柄な京子さん。
二人ともシンプルな服装で、しかも共に変わり者のオーラが出ているので
お似合いと言えば確かにお似合いだった。


「そうだね」


軽く調子を合わせると、高田が少しこちらに肩を寄せる。
自分と僕も、と言いたいのだろうか。
まあ思わせておく分には害はないので放っておいた。





結局四人で歩き、不忍池の方に回って大都会の中に残された
武家屋敷のような、大観 記念館に入る。
茶碗よりも日本家屋の方が興味深く、あれ程嫌がっていた竜崎が
きょろきょろと辺りを見回しているのも面白かった。


「所で、今晩合コンとか言っていなかった?」


大学に帰る途中で、高田が京子さんに話し掛ける。


「うん、合コンって程じゃなくて、飲み会っていう程度だけど」


知らない間に打ち解けたのか、一年生女子同士だからなのか
口調が砕けていた。
少し黙ったままメールをしていた京子さんが、高田に声を掛ける。


「聞いてみたら人数増えても良いらしいから、良かったら高田さんも来ない?
 きっと男子も喜ぶよー」

「いいのかしら?私が行って」


誘って欲しそうに自分から合コンの話を振っていた癖によく言う。


「うん、私もアケミのサークルの人とは初対面だし。
 あ、高田さんのお友だち華やかだから、もしかしたらつまらないかもだけど」

「いえ!いいえ、そんな事ないわ。
 私も本当は、浮ついたのは好きじゃないの。
 京子ちゃんのお友だちなら、仲良くなりたいわ」


マジか……。
竜崎だけでも悩みの種なのに、高田まで来るのか。


「いいですか?流河くん、夜神くん」


本人を目の前にして嫌だと言える訳ないだろう!
このバカ女。


「いえ、困ります」

「え?」


このバカ男ー!!
竜崎はまたKYぶりを発揮して高田を拒絶した。


「面倒臭そうな飲み会には、私は出たくありません」

「ほほほ。私が面倒な事を言い出すと?」


引き攣り笑いの高田に、目も遣らずに竜崎は続ける。


「はい、ぶっちゃけ。
 それに、高田さんも後であんな飲み会に出なければ良かったと、
 きっと後悔すると思います」

「あら。そんな事ないわ」

「どうですかね」

「やめろよ、流河。京子ちゃんも困ってる」


一歩遅れて赤くなっている京子ちゃんを視線で示すと、竜崎も
親指の爪を噛んだ後、小さく息を吐いた。


「分かりました……」

「本当に?」

「大丈夫です。ちゃんと行きますし飲みます。空気読みます」


まるで僕の心を読んだように早口で言うと、
竜崎はスニーカーを引きずって先に歩き始めた。






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