初恋 29
初恋 29








新幹線で東京駅に着き、皆で手を振って別れる。
少し寂しい気もしたが、ゼミ生は明後日早速ゼミだと言っていたし、
感傷に浸る暇もないのだろう。


「じゃあ僕もここで」

「夜神くん」


流河が突然、僕の鞄のベルトを掴んだ。


「車で送ります」


そう言えば、こんな事を言われたのは初めてだな。
あのリムジンに興味が無いでは無いけれど、


「良いよ。電車の方が早そうだし」

「いえ。是非」


そう言って、僕の鞄を引っぱったままどんどん八重洲口の方へ歩いて行く。
何とも強引だが、仮にも教会で愛を誓い合った仲だ、
少しでも自分のテリトリーに引き込みたいのかも知れない。

そんな事を思いながら、クッションもサスペンションも防音も申し分無い、
リムジンに乗り込んだ時は、我ながら柄にもなく心躍ってしまった。



だが。
車が走り出して数分後、顔から血の気が引いた。

隣の流河を見るが、指を咥えたまま真っ直ぐ前を向いていて
僕の方を見ようとしない。

車は、僕の家とは反対方向、成田方面に向かっていた。


「……どういうつもりだ、流河」

「……」

「おい!」


頭に血が上ってつい怒鳴ってしまったが、流河はびくりともせず
ゆっくりとこちらに顔を向けた。


「……この三日間で、何とか自白が取れればと思いましたが」

「……」

「無理でした。私の力不足です」

「おまえ……まだ僕が、」

「それとも、昨夜猿轡をしなければ、告白してくれたでしょうか?」

「!」


思わず、握った拳を流河の顔面に思い切りめり込ませていた。
しまった、車の中では危ない、とすぐに後悔したが、運転手は動じた様子も見せず
リムジンは相変わらず滑るように高速道路を進んでいく。


「痛いですよ……」

「僕は、キラじゃ、ない」

「いいえキラです。それは間違いありません。
 自白する機会を与えたのは、私の情けです。
 それなりにあなたを買っていましたので」

「……」


『情け』……。

言いたい事は山ほどあったし、言い訳もいくらでも思いついたが
その一言で、僕は、悟ってしまった。

今は何を言っても無駄だと。
というか、流河は最初から、一瞬たりとも僕を信用した事など……。

見苦しく動揺した所を見せたくなくて、冷静に口を開く。


「僕を、殴り返さないのか」

「はい。一回は一回、というのが私の持論ですが、
 自分がそれだけの事をした自覚はあります」

「……」


……殴り返して、欲しかった。
『私には殴られる理由なんかありません』と涼しい顔で嘯いて欲しかった。


「……いつからだ?」

「あなたを今日捕縛する事は、二週間前から決まっていました」


あの日か。
あの、雨にけぶる古城のような法制史料センターの外で

『両想いですね、嬉しいです』
『夜神くん。こちらに来ませんか?一緒に濡れませんか?』

そんな事を言いながら、今日の事を決めていたと言うのか。


「証拠は?」


静かに言うと、流河は初めて辛そうに、少し眉を顰める。


「すみません。ありません」

「なら!」

「とにかく、キラの殺人を食い止めるのが最優先事項ですから。
 成田空港でCIAにあなたを引き渡して監視して貰い、
 キラの殺人が続くかどうか観察します。
 必要があれば、自白剤を使うかも知れませんし、拷問も考えられます」

「……」

「因みに、昨日あなたの自宅の部屋を家宅捜索させて貰いましたが、
 捜査員が机付近で小火を出してしまいました。
 仕掛けは大体見当が付きましたが、そこまでして一体何を燃やしたんです?」

「……」


デスノートは燃えた、か。
そう言えば昨日から死神を見ないな。
自分の用心深さに感謝する。

しかしLが。こんな強引な事をするとは思っていなかった。
証拠さえ掴まれなければ、逮捕されないと。
Lはきっとフェアプレイで挑んでくるだろうと。
安易に思い込んでいた、僕のミスだ。


「……家宅捜査と、何とか僕に自白させる為に、この三日間を用意した訳だ」

「いえ。先にゼミ合宿の日程が決まっていたので、最終日に捕縛する事を
 決めたんです」

「なるほど……教授やゼミの先輩は、全然噛んでないんだな?」

「それは勿論」

「それを聞いて安心したよ」


僕の大学時代……いや、日本での最後の思い出が、
馬鹿馬鹿しくて楽しかった小旅行が、
仕組まれた物じゃなくて、本当に良かった。


「夜神くん……」

「触るな」


僕の腕に触れようとする気配を、言葉で止める。
流河は伸ばし掛けた手を、そのまま自分の口に持って行った。


「結局おまえは、」


言葉に詰まりそうになって、大きく鼻で息を吸う。
しっかりしろ、夜神月。
顎を上げろ。


「僕の自白を引き出す為に、僕を好きだとか何とか言ってたんだな?」

「……」


隣で、少し躊躇うような気配があったが、すぐに消えた。


「はい」

「……」

「私を愛し、信じてくれたら、自白してくれるのではないかと。
 捨て身の作戦でした」

「上手い演技だったよ。本気に見えた」

「『L』には、感情はありません。
 機械的に、ただ有り得る選択肢の中で最善の物を選ぶ。
 そういう訓練を自分に課して来ました。探偵としての職務を全うする為に」


探偵する機械、か。
僕はコンピュータを相手にしていた訳だ。


「それにしても、呆れるよな。
 普通男が、男を誘惑しようだなんて考えつかない」

「そうですね。ゲイじゃないのも本当ですし」


……僕だって、ゲイじゃない。


「自分でも、よくあそこまでやったと思います」

「……」


何故だか、笑い出したい気分だった。
全く。
この数週間、おまえと知恵比べできて楽しかったよ。

キラとL。
僕は対等に戦っているつもりだったけど。

本当は、おまえがいつでも一方的に終わらせる事の出来る試合だったんだな。






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