初恋 21 昼食には皆でパスタを食べ、一休みしていると教授が到着した。 やっとゼミ合宿らしくなる。 「お疲れ様です」 「お荷物持ちます」 年功序列など無いと言っていた先輩達も、教授の前ではしおらしい。 「君が二年生の……ああ、二人とも去年質問に来ましたね?」 「はい!ありがとうございます」 「で、君が一年生の流河くん、と、夜神くん」 「はい」 「一般教養の心理学で会いましたか」 あれだけ広い教室にあれだけの人が居て、顔を覚えているのか。 いや、名簿の名前に見覚えがあるだけか? 「私は人の顔を忘れないんですよ。 特に、授業中に注意した学生は」 「あ……。その節は」 「そんな事ありましたっけ?」 おまえだろ!流河! それから会議室……と言っても洋館なので、昔のホテルのロビーのような 落ち着いた部屋だが、そこでゼミの討論があった。 先輩達の卒業論文のテーマ決めが主題だったが、 その他にも有名な犯罪者の行動や告白の話もある。 二年生以下は、後ろの方で見学をしていた。 午前中は快晴だったのに、教授が来てから一気に天気が崩れる。 ぽつ、ぽつと降り始めた雨は、すぐにバケツをひっくり返したような豪雨になった。 まるで雨雲と共にやって来たようだ。 流河と図書館の前で雨宿りをした日を思い出した。 それでも勿論関係無くゼミ討論は続く訳だが、一時間を越えた所で、 「以上を踏まえて、“心”とは何だと思いますか?……流河くん」 突然流河の名前が挙がる。 驚いて顔を上げると、教授がこちらを見ていた。 流河は相変わらず椅子の上に足を上げ、指を咥えている。 普段通りの形なのだが、恐らく巫山戯ていると思われて不興を買ったのだろう。 「心とは……」 以前この教授の授業で、心とは、「意識」とも「魂」とも違う、 結局「行動」でしか測れない物だ、と言う話があった。 恐らく流河も覚えているだろうが、「何だ」という問いなのだから、 「分からない」と答えるのはやはり違うんだろうな。 「心とは、まだ定義できていない物です」 意外にもよく通る声で挑戦的に答えると、教授は軽く顔を仰け反らせた。 「それは、」 「待って下さい、その前に私からも質問です。 先程先生は、心とは行動に現れる物だと仰った。 では例えば、善意を動機とする犯罪者はどうなりますか?」 空気を読まない奴……。 僕は困ったが、教授は無言で眼鏡を外し、少し拭いた後 傍にあった暖炉の上に置いた。 「良い質問ですね。よろしい。少し脱線するが付き合いましょう。例えば?」 「今話題のキラですよ」 部屋がざわつく。 全く……。 キラの話をこんな所でするなんて、何を考えているんだ。 唐突な提案に、教授は困惑すると思ったが、意外にも快活に笑った。 「いきなりクライマックスですね。その話は後期中頃まで 取っておこうと思っていたのに」 軽口に、小さな笑い声が起きながらも部屋の雰囲気が張り詰める。 誰が外に漏らすか分からないのに、公衆の面前でキラの話を受けて立つのか。 この教授も肝が据わっている。 「流河くんは、キラは善意を動機とする、と?」 「少なくとも現段階ではそのように見えます。 彼が殺しているのは現在の所、主に犯罪者ですし」 「犯罪者以外も殺してますがね」 「しかし、取り敢えず善意という事にしておかないと。 万が一この中にキラが居たら、先生も私も終わりです」 流河の言も軽口だろうが、今度は誰もクスリとも笑わなかった。 教授は胸ポケットからハンカチを取り出すと、こめかみに当てる。 「そうですね。少なくともこの場ではキラを批判すべきではない。 しかし、いわゆるPOCのように論じることは出来ない」 「prisoner of conscience ですね。Amnesty International も困るでしょうが 彼等は爆破予告まで認めていますから、キラの犯罪を暴力とするかどうか、 難しい所だと思うんです」 国際的な人権団体を、まるで自分の配下のように語る。 少なくとも、流河が「L」だと知らない人々には「若者の痛々しい大言壮語」に 聞こえた筈だが、妙な迫力があって、誰も茶化す事が出来なかった。 さすがは「世界の切り札」のオーラ、と言った所か。 「キラは反政府的ではあるが、ただの思想犯ではありません」 「では、この国の政府がキラの力に屈し、キラを認めてしまったら?」 「……」 教授は顎に指を当てて少し考えた後、 「十人並みの事しか言えなくて申し訳ないが、『法治国家の崩壊』ですね」 静かに言った後、流河が口を開く前に続ける。 「しかし、キラが善意で殺人を犯していると仮定するならば。 神を気取って地球を掃除しているつもりなのならば、 政府を乗っ取るような愚かな真似はしないでしょう」 「そうでしょうか?」 Lは物怖じせず、真っ向から教授に楯突く。 教授は突然、 「Sonderbar! Und immer ist es die Religion, und immer die Moral, und immer der Patriotismus, womit alle schlechten Subjekte ihre Angriffe beschonigen!」 (恐らく)ドイツ語で喋り始めた。
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