初恋 20 流河は祭壇付近をごそごそと探り、引き出しから聖書らしき 古びた小さな本を引っ張り出す。 そして祭壇の上に載せ、僕の手を乗せさせて自分の手を重ねた。 「汝、夜神月」 「何だか、裁判の証人の宣誓みたいだな」 「似たような物です。汝、その健やかなる時も……」 こんな……男と、しかもLと、結婚式の真似事をするなんて。 十分前の自分ですら、想像もしていなかった。 人生どう転ぶか分からない物だな……。 人生が退屈だなんて。 たった数ヶ月前とは言え、僕は随分思い上がっていた物だ。 いや。 あの時デスノートを使っていなければ、Lとも出会っていないし 今現在も無い訳なんだから、やっぱり退屈だった……か。 「誓いますか?」 「誓います」 隣で流河が生真面目な顔をしているので、僕は微笑む。 流河は耳を赤くして、口をへの字に曲げた。 「汝……僕は、おまえを何て呼べば良い?」 こんな所で早速本名を知るチャンス……。 なんてね。 いくら何でも結婚式ごっこでLが本名を言う筈も無い。 「流河旱樹で良いか?」 「いえ……『L』で」 「『L』だけで良いの?」 「はい」 流河旱樹以上に名前らしくないが 本名のイニシャルである事は確かなようだ。 「では、汝、Lは……」 その健やかなるときも、病めるときも、 喜びのときも、 悲しみのときも、 富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、 さっき流河が諳んじた台詞を、そのままなぞっただけなのだが。 こんな宣誓、ドラマでも普通に台詞として誓っているのだから 意味はないと思うのだが。 僕とした事が、少しだけ、言葉に詰まってしまう。 「……死が二人を別つまで」 永遠を想起させる言葉だが、実はカウントダウンは始まっている。 流河は恐らくあと半年も生きていまい。 生かすつもりはない。 「その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか?」 流河は目を閉じ、大きく息を吸って答えた。 「誓います」 おい、何だか本物の結婚式みたいだな。 「誓いのキス……してくれますか?」 嫌だが、仕方が無い。 取り敢えずは油断させて、今夜にでも強要されるであろうホモ行為さえ 回避出来れば、それで良しとしよう。 「勿論」 微笑んで見せると、流河は僕の肩に手を置き、痛いほどに掴む。 顔が、近付いて来る。 隈なんかある癖に、以外と肌、きれいなんだな。 あ。目の縁に小さな黒子発見。 そんな事を考えている内に、顔が近づき過ぎて見えなくなって。 唇に、乾いた柔らかい皮膚が軽く押しつけられた。 はははっ震えてやがる。 流河の唇も、その息も。 初めてキスをした中学生のように、小刻みに震えていた。 「寒い?」 「いえ……」 やっぱり負けず嫌いなんだな。 震えている事を軽く揶揄うと、もう一度強く口を押しつけてきた。 今度は舌で僕の唇を少し舐めた後、すぐに離れて行く。 「す、すみません……こういう事に、不慣れで」 「その割りには先日からやたら積極的だったけどね」 「それはその、ただ夢中で。 人をこんな風に好きになったのは初めてなので、アプローチの仕方も分かりません」 「……」 「ただ、あなたを好きだと、あなたに触れたいと、伝えるので精一杯でした」 流河は。 額に汗を滲ませて、ただ無表情だったが。 心底幸せそうに見えた。 その事は、僕を大いに戸惑わせた。 これって……策略じゃないのか? ぼくがキラだと思うから、自分の生け簀の中に入れておきたいが為の 方便……では、ないのか……? 「今は、指輪は無くて申し訳ありませんが。 最高のデザイナーに作らせます」 「いや、良いよそんなの。それにアクセサリーって好きじゃないし」 「そうですか?」 冗談じゃ無い。 相手が女であっても、そんな物で縛られたくなんかない。 「逃げてばかりだったけれど、よく考えればおまえは世界最高の男だしな」 「はい」 「……宗旨替えする価値がある、という気がしてきたよ」 「ありがとうございます」 僕は、自分が世界最高の男だと思っている。 Lなんか及びも付かない。 こいつがどれ程の富と権力を持っていようが、 僕の新世界が実現すれば、そんな物は意味を持たなくなる。 争いのない、平和な世界だ。 「おまえを尊敬しているし、おまえが好きだ」 「本気にして良いんですか?」 「ああ」 「陶酔して、愚かになってしまいそうです」 良いよ。存分に愚かになれ。 僕に溺れるなら溺れて、そして判断力を失え。 僕達は表面上仲睦まじく、馬に乗って外乗コースに戻った。 「でも、皆の前ではこれまで通りだぞ?」 「そうなんですか?」 「当たり前だ! ゲイだと思われたくないし、見せつけられる方も迷惑だろう」 「そうですか……分かりました」 ぽくぽくとゆっくり林を出ると、すぐに先輩達と行き会う。 「あれ?えらい早かったんやなぁ」 「はい。少し駆け比べをして」 「そうか、じゃあ今度は俺達と勝負するか」 「良いんですか?勝っちゃいますよ?」 「言うなぁ。ほんなら、行くで」 今度は駆け比べというよりは、四人で併走して草原を横切る。 自分が騎馬民族の一員になったような、爽快な気分になれた。 つい十分程前まで、花嫁ごっこをしていただなんて、嘘みたいだった。
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