初恋 17
初恋 17








翌朝、僕が目を開けた時には流河は起きていた。
手首に手拭いは無い。


「おはようございます。良い天気です」

「ああ……そう」


昨夜の事は夢だったのか?と一瞬思い掛けたが、マットが剥き出しの隣のベッド、
部屋干ししたシーツと枕カバー。
意識するともなく、やんわりと尻に触ってみる。
……違和感は、ない。


「今日こそは私を愛して貰います。そのつもりで」

「ああ……うん……頑張って」


ヤられてなかったか……良かった……。
まだどこか目覚めない頭で答え、パジャマの釦を外そうとしてTシャツの襟を摘む。
ああ、そうだ。
胃が、心なしかしくしくと痛んだ。


「夜神くん」

「うん?」

「可愛いです。ちょっと抱いて良いですか?」

「……」


どう答えた物か、考えあぐねていると、流河は勝手に僕の隣に座って
おずおずと肩に手を回した。
眠いし怠いが、黙っていても気不味いので無理矢理口を開く。


「ちょっと狭かったから寝不足で……流河は良く眠れた?」

「ずっとあなたの匂いを嗅いで、寝顔に見惚れていました。
 明け方にはさすがに飽きて来ましたが」

「……」

「そういう訳で一睡もしていません。
 でも目覚めたあなたは、また新鮮な魅力に溢れていますね」

「……」


……こんな、あからさまな物言いをする奴だっただろうか。
何と言っても、相手は『L』だ。
気持ち悪い、を通り越して、何か魂胆がありそうで不気味だった。





「おはようございます」


顔を洗って一階のロビーに行くと、既に四年生の二人が居た。


「おはよう。よう寝られた?」

「はい。昨日はお疲れ様でした」

「ああ。他の連中は沈没中だよ。
 午前中動けるのは俺達だけかな」

「米と味噌汁だけ炊いといたから、適当によそって食べてな」

「ありがとうございます」


そこへ、二年生二人が降りてくる。


「おはようございます」

「おはよう。先生は午後一で来はるそうや。
 午前中は、三笠くんは釣りするんやったかいな?」

「はい、竿と仕掛けは持って来たんで」

「俺達は近所の乗馬クラブ行って一駆けして来るけど、皆はどうする?」

「あー、俺、馬乗った事ないんで遠慮します」

「流河くんと夜神くんは?」


流河と顔を見合わせる。
馬には乗れなくはないが、流河が行くと言うのなら僕も遠慮したい所だ。


「私、乗馬は得意ですよ。夜神くんは?」


……そう言われると、「乗れない」とは言いたくなくなるな。


「僕も多少は」

「そんなら、このメンバーで行こか」



皆無言の朝食の後、四人でバンの一台に乗る。
昨日の教会の辺りを通り過ぎ、十分程走った所に拓けた草原と大きな厩舎があった。


「どうも!今年もお世話になります」


四年生二人はどうやら顔見知りらしく、気軽に職員に挨拶をして
僕達を紹介してくれる。


「そしたらメットとブーツとプロテクター選んでー」

「二人とも外乗で良い?インストラクターの先生付けて貰う?」

「私は結構です。夜神くんは?」

「僕も大丈夫です」


馬は、小学生から中学生に掛けて、毎年夏休みに詰めて通っていた。
競技に出る程ではないが、扱いは心得ているつもりだし
馬の制御の仕方にも自信がある。

流河は本当に乗れるのだろうか……。
非常に嫌そうに、しかしある程度手慣れた様子で馬具を着けている。

テニスの時、イギリスで暮らしていたとか言っていたから乗れても不思議はないが。
いつも猫背の流河が背筋を伸ばしている所は、想像も付かなかった。


馬を何頭かの中から選ばせてくれたので、僕はきれいな流星のある
栗毛の若い馬を選ぶ。
流河は気の荒そうな、青鹿毛を選んだ。


「あー、その二頭ね、仲が悪いんだ。
 一緒に行くなら、どちらかこの芦毛の牝にした方が良いよ」


職員の人に言われて、思わず苦笑する。
僕達はどうやら、それぞれ自分に相応しい馬を選んだみたいじゃないか。


「夜神くん、芦毛はどうです?
 白馬の王子様といった趣で似合うんじゃないですか?」

「僕は流星号が良いんだよ。そう言うならおまえが変えろよ」

「いえ。私も彼が気に入っているんで」


僕達が言い争っている間に、先輩達は「お先に」と言って馬場に出た。


「このままで良いです。馬が喧嘩するようでしたら途中で別れますし」

「そう?ちょっと様子を見たいから、まず馬場に入ってくれる?
 速歩って出来る?」


馬を引き、台に乗って跨がる。
この高い視界、久しぶりだ。

後ろを見ると、流河は猫背のまま馬を引きずり、少し嫌がられているようだった。
思わずくすりと笑うと、少し僕を睨んだ後、いきなり鐙に足を掛けて
飛び乗る。


「おい、君!」


職員の人が驚いて声を掛けた所で、僕は自分の馬の腹を蹴って
歩き出した。


「ちょっとそれは……」


職員の声を無視して、背後からぽこぽこと着いてくる音がする。
振り向くと、流河は馬の上でも猫背だった。


「本当に乗れるの?」

「実際乗れてますし」


馬に乗ったら背筋を伸ばすというのは最初に教えられる事だと思うのだが。
変な乗り方をしたら馬は動かない筈だから、それなりに「乗れている」という事か。


僕は流河を引き離して先輩に追いつくべく、足に力を入れた。
軽速歩、そして駆足。

だが、背後の蹄の音は遠ざからない。
カーブを曲がっても、距離は開かなかった。

先輩達が待っている柵の入り口で、大きく手綱を引いて止まる。
流河の青鹿毛は少し暴れたが、意外にもちゃんと止まった。


「凄いやん!」

「二人とも、ちゃんと乗れるみたいだね」


どうやら流河は、本当にコンスタントな乗馬経験があるようだ。






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