初恋 15 「あなたは、キラです。認めて下さい。 私を愛していればその位出来るでしょう?」 「出来ないよ!愛してはいないし!」 流河は僕の腹に触れていた手を離す。 「……何か誤解があったようですね。 私は単純にあなたの体だけを求めている訳ではありません。 心も含め、全てを許して下さい」 「いやいやいや、抵抗しないって言ってるんだ。それで満足しろよ」 「出来ません。要求を全て飲んで下さい、と言っています。 その中には、私を愛する事も含まれます」 本気か……? 一旦去った疑問が、また訪れる。 「おまえは僕がキラだと思ってるんだよな?」 「はい」 「尚且つ、僕に愛されたい、と」 「その通りです。自分が相手を愛しているのと同等に相手にも愛して欲しい。 これって一般的な欲求ですよね?」 「欲求としては一般的だけど、それを叶える方法としては 全く一般的ではないね。 あと、自分が捕らえるべき犯罪者にそれを求めるのも」 思わず溜め息を吐くと、流河も同じように息を吐いた。 なんでおまえがうんざりしてるんだよ! 「平行線ですね」 「僕は譲歩した。もうこの際足も縛ってくれて良い。 僕をレイプしろ。僕の体を好きにして、それで満足しろ」 「嫌です」 こいつ……! 思わず身を捩ってしまい、ぎしぎしとベッドが軋む。 流河は僕の上からどいて、ベッドの傍に椅子を引き その上にしゃがみ込んだ。 「今夜中に僕をおまえの物にするって?」 「はい」 「心も体も?」 「はい」 馬鹿じゃないのか? 例え百年掛けても、おまえなんか好きにならない。 大体もうすぐ殺す男だしな。 「無理だな。不可能だから、もう僕を殺しておいた方が良いよ」 「かも知れませんが……あなたがそんな事を言う、という事は 私にはあなたを殺せないと高を括ってます?」 「まあ、普通は愛している者は殺せないね」 「愛しているから殺したい、という欲求は理解出来ませんか?」 「出来ない」 そんな倒錯的な心情、理解しない。 したくない。 「殺してしまえば対象は永遠に自分の物になる、というのは、 シリアルキラー等の犯行動機としては古典的ですよ」 「……」 「加えてあなたの場合、今私の物にならなければ未来は暗いです。 私はあなたをキラとして告発しなければならない。 汚名を着て、恥辱に塗れながら全世界の前で処刑されるあなたを 私は見たくありません」 無理だよ。 僕を告発するのには、デスノートか僕の自白が絶対に必要なんだから。 というか、自分がシリアルキラー並だと自覚しているのか。 「そんな事を言われて、僕がおまえを愛するとでも?」 「では、どうすれば愛してくれるのですか?」 「……」 「ですよね。私にも他に手段が思いつきません」 馬鹿馬鹿しい……不器用にも程がある。 僕はおまえのそんな所、嫌いじゃ無かったのに。 残念だよ。 「でも。こんなやり方が間違って居るのは確かだ。 本当に、もう良いから僕を抱けよ」 「出来ません。 どうせ、一晩体を好きにして、後は忘れろとか言うんでしょう?」 「その通りだ。普通はどんなに脅されても僕を抱けなんて言えない。 最大限以上に譲歩しているつもりだけど?」 「……」 流河は、無表情のまま首を傾げた。 「僕は本当におまえが好きだった。友人としてだけど。 それでは満足出来なかったのか?」 「まあ、それが本当だとしたら、キラとしては破格でしょうね」 「おまえも言ってくれたけど、僕もおまえの頭脳が気に入ってたんだ。 だから世間知らずで非常識な所も許せた」 「過去形ですか」 「こんな事をされてはね。 そもそも、ゲイでもない僕が、おまえの何処に性的魅力を感じれば良い訳?」 流河は虚を突かれたように、止まって黙り込む。 こんな状況にも関わらず、僕は笑ってしまいそうになった。 「それは……考えていませんでした」 本当に……物凄く頭の悪い奴みたいだよ。 人の心の機微に弱い、推理以外の事は、何も出来ないんだな。 「僕を抱けば、僕を気持ちよくさせる事が出来れば、おまえの体に 溺れる可能性も皆無ではないぞ?」 「そんなファンタジーは信じていません。 もしあなたを性的に満足させても、心が伴わなければ あなたは絶対に落ちない」 ……よく分かってるじゃないか。 「なあ、流河。負けを認めろ」 「……」 「このまま続けても、おまえは僕を諦めるか僕を殺すかしか出来ない。 今なら、無かった事にしてやるからこの手を外せ」 「嫌です」 「何故だ!」 おまえは、そんなに馬鹿じゃないだろう? 世界の切り札なんだろう? 何故僕の前では、ただの駄々っ子みたいになってるんだ。 「あなたを愛しているからです」 「愛しているなら放せ!」 「愛しているだけならまだしも、あなたはキラでもありますし」 「まだしもって何だよ」 埒の無い話をしながら、耳を澄ませる。 階下の音は全く聞こえない。 一階と三階ではお互いの物音が聞こえないのかも知れないが、 飲み会の席が静かになっていて、こちらの音が聞こえ易くなっている 可能性もあった。 だから。 「誰か!助け」 不意打ちで思い切り叫ぶ。 瞬間。 腹が爆発したような衝撃があった。 「うぐっ!」 息が止まり、胃の内容物が逆流した、 と自覚する間もなく、塊がせり上がって、バシャ、と口の周りが熱くなる。 奪われていく熱、胃酸の匂い、ゆっくりと流れ、耳の穴に入りそうになる粘液。 「立場をわきまえろと、言ったでしょう?」 「……」
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