初恋 12
初恋 12








「いやぁ、俺達が油断してた」

「いきなりこんなガチで脅かしよった一年生は初めてっちゃ」

「初めて……嬉しいですね」

「さすが、首席コンビは違うねぇ」

「流河くんがまたてげぇおじかったがね」

「普通にしていても怖いと時々言われます」


取り敢えずは怒っていないようで安堵する。
流河が同年代の人達と、こんな風に親しげに会話をしているのも
新鮮な光景だった。


「お、そろそろ後続が来るな。
 さっきの黄色い悲鳴が聞こえたかも知れんから、先行くなら急いだ方が良い。
 俺らは、一年生に襲われたとか言わんから、俺ら以上に脅かしてやって」


流河が、懐中電灯を掌で覆い、光を細くする。
先輩達がスタート地点に戻る気配に紛れて、奥の教会の方に向かった。


「やっぱり、先手必勝ですね、夜神くん」

「ああ。面白いくらいに掛かったな」

「あとの二人はどうでしょう?」

「あの世話係の先輩は動じなさそうだし、関西弁の優しそうな先輩も
 なんだかんだ言って手強そうだから、きっと驚かされるな」

「私もそう思います。
 わざわざ宣言して来た位ですから、よほど自信があるんでしょう」


出発前に他のチームを驚かして良い、と言っていたのはやはり
自分達も驚かすぞ、という宣言なんだろう。


(夜神くん)


不意に流河が小声で囁いて、僕の手を取る。
出来るだけ足音を立てないようにしていたが、思わず止まると
辺りは恐ろしい程に静まり返った。


「……まだ、近くには来ていないようですね」


しばらく耳を澄ました後、流河が囁く。

それから何となく、僕達は手を繋いだまま早足で歩き続けた。
大学生の男二人が手を繋いで歩く、という状況の異常さは気になったが、
何せ相手は非常識の塊だ。
僕が一人で気にしても仕方有るまい。

法制史料センターの前で雨宿りしたあの日が蘇る。
流河は……Lは、どことなく人ならぬ者のような気がして、
少し不安になったものだが。

今は、暗い森の中に二人きりで居ても、確かに人だと、
血の通った同じ人間だという気がして安心出来る。

流河の手は、少し湿気ていて、少し暖かかった。


どちらかがぎゅっと強く握れば立ち止まり、背後の気配を伺って
また歩き始める、という事を繰り返して居る内に、小さな尖塔が見えて来た。

本当に古い、恐らくもう使われていない教会。
煉瓦は苔生して、入り口の扉は「×」の字に打ち付けてあるが
その釘も外れて半分扉が開いている。

中は外観程は荒れていなかったが、気持ちの良い場所ではなかった。


「予め蝋燭を点けてくれてあるんですね。
 ええっと、祭壇の上にある記念品を持って帰る、でしたよね?」


流河は躊躇いなく祭壇に近付き、ビニールに包まれた布の内一つを取る。
東大の校章が染め抜かれている所を見ると、どうやら東大オリジナルの
日本手拭いらしい。
笑う所なのかも知れないが、流河は全く反応しなかった。


「後続が来る前に、その辺に隠れようか」


だが手拭いをポケットに入れて燭台を見つめながら、流河は小さく首を振る。


「蝋燭の小さな灯りでも、心強いですね」

「うん、だから、」

「だからこそ、この辺りに隠れたいと誰しも思います」

「そうか……」


それは先輩達にも予想出来るだろうから、それだけ用心される、という事か。


「先輩達が来る前に、出来るだけ戻って暗い場所で待ち伏せましょう」

「お参り……というか礼拝はしなくて良いの?」

「何故ですか?」

「だって。おまえ、キリスト教圏から来たんだろ?」


軽く鎌を掛けてみただけだが、流河は大袈裟に顔を顰めた。


「私は偶像としての神など信じていませんよ。
 神とは、私の中ではただの現象です」

「そうなんだ。
 僕だって神様とか信じてないけど、神社があったら一応手を合わせるけどね」


そんな事を言い合いながら、また手を繋いだまま戻る。
少し道が広くなった場所で、湖と反対側の崖に少し登れそうな場所があった。


「ここで良いですか?」

「うん」

「足が滑るといけないので、先に行って下さい」

「うん。って!ナチュラルに他人に危なそうな事をさせるんだな」

「まあまあ。私は普段仕事で命張ってるんですから」


小さく舌打ちして、仕方なく笹で滑る斜面を登る。
木に捉まって手を伸ばすと、流河の手を取って引き上げた。


「では、ここで少し待ちましょう」


木の根と根の間の、狭い足場。
流河と僕は懐中電灯を消し、重なり合うようにしゃがんだ。


(夜神くん)


流河が声に出さずに、囁く。


(何)

(何だか興奮しますね)

(ああ。だが、先輩達が来ても冷静にな)

(いえ、そうではなくて)


流河は僕の耳に口を寄せたと思うと……いきなり、耳に口を付けた。


(っ!何!)

(私、他人とこんなに密着したのは初めてで……興奮してしまいました)

(……!)


ちりちりと、背筋に沿って体毛が逆立っていく感覚がある。
ゲイじゃないって言ってなかったか?
いや……他人の肌の温度とか、唇の感触とか、気持ち悪い事を言い出したのも
コイツだった……。


(手を繋いだのも良かったですが……なかなか気持ち良いものなんですね)


不味い。怖い。
何をやり出すか分からない非常識の塊。


(夜神くんは、どうですか?)

(どう……って……)

(足場さえ良ければ、セックスが始まったりするのはこんな雰囲気の時では?)


何言ってるんだこの童貞が!
足場さえって……こいつと、あの狭い部屋で同室だぞ今夜!
今晩は何とか凌いで、明日は何としてでも部屋替えをして貰おう、と心に誓う。


(……流河)

(はい?)

(改まって率直に言うが、そういう冗談は度を超している。気持ち悪い)

(気持ち……悪い……)


流河の声は小さくなったが、暗くてその表情は全く見えなかった。
傷ついたような顔をしているようにも、舌を出しているようにも思えた。


(おまえが人慣れしていないのは分かってるから大目に見て来たけれど
 友人だと思っているから、言うよ。
 そういう冗談は、洒落になるのとならないのの線引きが難しいから
 おまえは言うな)

(……)

(あと、同じ理由で根拠も無いのに人の事をキラだとか決めつけるな)

(洒落に……なりませんか)

(ならない)

(それは、あなたがキ)

(シッ!)


遠くで、微かに空気が動いた、少し違和感のある気配がした。
流河と二人、息を潜めて固まっていると、足音を殺して先輩二人が歩いて来る。
無言で、懐中電灯すら点けずにひたひたと歩いている様は
夜に見ると恐ろしい物があった。


「……よし。もう良いだろう」


たっぷりと待って、もうお互い気配が届かない程になり、漸く息を吐く。


「どうします?教会に行って、中や周囲に私達が隠れていないか
 一通り探して戻って来るとしたら五分後くらいですね」

「その間にもう少し合宿所の方に戻っておこう」

「何故ですか?もう驚かされる事はあるまいと油断させる為ですか?」

「それもあるけど、おまえと別々に隠れたいから」

「……」







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