初恋 11
初恋 11








森を少し入った所の藪に身を潜めていると、最初に出発した
二年生二人組が戻って来た。
懐中電灯の光も隠さず、警戒心ゼロだ。
それでもどことなくびくびくしながら歩いている。

がさっ!

突然流河が懐中電灯を点けて立ち上がると、「うわっ!」と後ずさった。


「驚かすなよ!」

「……すみません」


懐中電灯の光にぼんやりと浮かび上がった顔色の悪い猫背の男。
僕でさえ気持ち良い物じゃないな。


「どうした?」

「……」

「おい!」


流河は、ゆっくりと顔を上げた。


「夜神くんが、いないんです」

「え?」

「突然消えてしまったんです」

「嘘だろ?マジ?明かりも持たずに?」

「はい……」


二年生達はあからさまに動揺している。


「まさか、湖の方に落ちた……とか?」

「どうでしょう……」


いや、そんな盛大な水音がしたら流河にも分かるだろう。
と思ったが、頭が回転していないのだろうな。
僕は足下の小石を拾い上げ、双方の懐中電灯の明かりを避けて
湖の方に放り投げる。


とぷん。


「い、今の!何の音だ?」

「さあ……魚が跳ねたんでしょうか」


流河も調子に乗っているな。
無表情のまま、いつも以上に抑揚のない声音で静かに答える。
僕はもう一度、石を投げた。


ばさ、ちゃぷん。


「う……わああああああああ!」

「いいいいいい!」


二年生達は、緊張に耐えきれなくなったのか、一人が大声を出すと
連られるように二人で走り出して逃げて行った。

残された僕達は、ちらりと目を見交わしたが、お互いに無言だった。


……二年生の二人は、僕達が驚かしている、という可能性に
全く気付いていないようだった。

つまり、先にすれ違っている筈の先輩グループは二年生を驚かせて
いないわけだ。

普通に挨拶をしてすれ違ったのか……いや、そうではないだろう。

では、脇に隠れてやり過ごしたのか。
そして今も隠れて、僕達を驚かせるべく待ち構えているのか。

それもない、な。
二年生を驚かさず、僕達を驚かせる理由がない。

最後のゼミ生にターゲットを絞っている可能性もなきにしもあらずだが
そもそもこの合宿はゼミ生候補との親睦目的でもある筈。
一、二年生を無視する、という事はないだろう。

とすれば、残された可能性は一つ。

二年生を至近距離で尾行して、他の組に驚かされる露払いに使いつつ、
最後にでも驚かせるつもりだったのだろう。

数瞬でここまで考えたが、流河と目が合った時、同じ事を考えている事が
分かった。

僕達は最初から、二組が続けて来ても使える作戦を採っている。
流河は、懐中電灯をぶら下げたまま湖の方を向いて、ぼんやりと立っていた。

やがて、痺れを切らしたのか、奥の方からがさがさと音がする。
暗闇から、懐中電灯も点けない先輩達が出て来た。
それだけでも普通なら怖い光景だが、覚悟をしていたのでさほどでもない。


「流河くん……どうしたっちゃ?」

「……」

「なんかさっき……夜神くんがおらんごとなったとか言うちょったが」

「……」

「流河くん?」

「……消えたんです」

「え?」

「夜神くん。私の目の前で、煙みたいに」

「……」


先輩達は、顔を見合わせる。
僕達が先輩を驚かせようとしている、という可能性に気付いてはいるだろうが、
もし流河の言う事が本当なら、警察に通報するべき事件という事になる。
その見極めに迷っているのだろう。


「あ」

「りゅ!流河、くん?」

「夜神くん、そこに居たんですか。
 さっきはどうしたんですか?」


流河は先輩達の脇をすり抜け、あらぬ方向へと歩いて行く。


「夜神くん……そこに、おると?」

「え?居るじゃ無いですか普通に。
 夜神くん、どうして喋らないんですか?というか、」


流河が懐中電灯で照らし出した先には、蔦の絡まった木の幹しかない。
先輩達がもう一度気味悪そうに顔を見合わせたのを見計らって、


「何故、そんなに血塗れなんですか?」


流河が地を這うような声で呟いた直後


「はははっ!はははははははっ!」


甲高い笑い声を上げてみせる。


「がっ!」


先輩達は変な呻き声を上げて転がった。
そのまま走り出そうとして


ばちゃっ!


湖側に片足を踏み外す。


「あっ!」


僕は慌てて飛び出し、落ちかけていた先輩の腕を掴んで支えた。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、や、やがっ、」

「すみません……やり過ぎました」


こういう時は出来るだけ早く謝るに限る。
片足が太股までずぶ濡れになった先輩ともう一人の先輩は
少し固まった後、


「やられたぁ!」


と叫んで笑い出した。






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