初恋 10
初恋 10








僕のイメージする「大学生」とは大分違ったが、東大だからそうなのか、
このゼミだからそうなのか、女性が居ないからなのか、
テンションの低い飲み会は、正直居心地悪くなかった。


「……で、社会人入学なの?流河くんは」

「そう思って貰って差し支えないと思います」

「もしかして、流河『さん』かな?」

「私も年功序列とかないので、気を使わないで下さい」


やはり一年生二年生の新顔が、絡まれたり質問攻めに合ったりしていたが
流河は意外にも軽やかに躱して行く。


「ところで夜神くんとは前から知り合いなん?」

「はい」
「いいえ」

「……どっちやねんな」

「入学式で初めて会ったんですよ」

「でも、その前からお互いの情報は知ってましたよね?」

「おまえは知ってたかも知れないけど、僕は知らない」

「またまた」


流河……まさか酔ってるのか?
キラとLだとか、言い出さないだろうな。

だが先輩は、上手く勘違い(普通の思考回路だが)をしてくれたようだ。


「ああ、全国模試でお互い名前は知っとった、みたいな」

「まあそんな雰囲気です」

「そうかー。あんまり仲ええし、何か関係有るんかと思ったわ」

「いや!いやいやいやいや」

「そやかて流河くん、首席取れるのにその年まで入学しやへんかったって事は、
 夜神くんが入学出来る年になるまで待ってたんちゃうのん?」

「……」

「とか。妄想しとってん」

「勘弁して下さい……」

「いや、ホモとかそんなん違ごうて。
 生き別れの兄弟とか、恩人の息子とか、何か特別な関係があるんと違うかなって
 思うやん?普通」

「いや、本当に無いですから。ただの友人ですから」

「そうかなぁ。夜神くん、自分が気がついてへんだけなんと違う?」

「流河も何とか言えよ」


酒の席だ。
流河の事だから、「そうなんです、私の母は昔夜神くんのお父さんと」などと
適当な事を言うかと思ったが、妙に真剣な顔で日本酒の入った紙コップを
膝の間に置いた。


「そうですね……夜神くんと私の関係は……恋人以上友人未満、という所です」

「えー、何それ」

「ある意味恋人より濃い関係だと思いますが、まだ友人と言うには足りない。
 私は彼の良き友人でありたいと願っていますが」

「恋人より濃いって、凄いな。夫婦?」

「あー、前も同級生に言われましたが、違います。
 夜神くんと私、結婚してませんから」


また、先輩達に笑われる。
もう流河の持ちネタみたいになってるな。
僕は慌てて口を挟んだ。


「流河とは、その、ライバルなんです」

「ああなるほど、そういう事か」

「はい。好きとか嫌いとか友人とかそういうの抜きで、
 お互い高め合っていける掛け替えのない存在だと思っています」


……嘘ではない。
他人と比較にならない、現世界にとって掛け替えのない探偵、L。
だが僕だって、新世界創造の為には掛け替えのない人間だ。


「夜神くん、それではまるで私の事が好きじゃないみたいじゃないですか」

「いやぁ、好きだよ。嫌いでもあるけれど」

「そんな……酷いです」


酒の席を言い訳にして、普段出来ない巫山戯方をして。
普段言えない本音を、少しだけ口にして。

……僕は父の職業柄、こんな場でも絶対に飲むわけには行かない。
だが今日は、初めてそれを少し恨めしく思った。



皆、良い感じに酔っ払って話に脈絡が無くなってきた頃、幹事が
パンパンと手を叩く。


「ではでは、ちょっとここらで夜の散歩と洒落込もうか」

「おう、ほな行こ行こ」

「うー、俺パス」

「一年と二年は強制参加じゃからね」

「うわぁ、最悪。何関白?」


結局、肝試しに参加する為に外に出たのは、八人だった。
案の定僕は流河と組にされ、ジャンケンで三番目の出発になる。


「あらかじめ驚かす為の仕掛けをしておく、いう事はないんだけどね」


二組目が出発した後、幹事の先輩がぼそりと僕に話し掛けて来た。


「こうやって前の奴が帰ってくる前に出発したらどこかですれ違うだろ?」

「そうですね」

「その時、先に見つけた方は脇に隠れてやり過ごしてもいいけれど
 驚かせてもいいんだ。
 先輩だからって遠慮せず、思い切り驚かしてやると良いよ」

「あーっ。ネタばらししなや。びびらしたろと思うとったのに」


……全く。馬鹿馬鹿しい。
これがアジア一と言われる大学の学生か。


「よし、五分経った。流河・夜神チーム出発していいよ」

「はい」


まだ誰も戻って来ていないが、それが醍醐味なのだろう。
僕達は洋館の前を離れ、小さな懐中電灯だけを頼りに
右手の森に向かって歩き始めた。


「教会までは昼間なら徒歩十分と言っていましたね」

「うん。早ければもう一組目とすれ違うだろう。
 どうする?隠れるか?」

「どうしてです?」

「目的を果たして戻る者の心理として、恐らく出来るだけ早く帰るべく
 気配も消さずに歩いているだろう。
 ましてや、最初に出発した二年生は後続に驚かされる事を知らない」

「まあ、そうですけど」


道は、湖の縁に沿うように拓かれていた。
一応杭を打って道が崩れ落ちないようにはしてあるようだが、
手すりもなく、雑草が生い茂った水際の道。
気持ち良い物ではないが、昼間なら趣のある景色なのかも知れない。


「二組目に驚かされたとしても、偶々悪戯な先輩と思うだけで、
 まさか後輩の僕達にまで驚かされる事は予想していない筈。
 僕達は待ち伏せすべきだと思う」

「お、驚かすんですか?」

「こういうのは、本気で取り組むべきだよ」

「その通りですが、夜神くん、さっき小さな声で
 『馬鹿馬鹿しい』って言ってたじゃないですか」

「ああ、聞こえたか。でも、だからこそ、だ。
 適当な事をすれば、間違いなく時間の無駄遣いになるんだから、」

「なるほど、それもそうですね。我々以外の三組、全員驚かせてやりましょう」


この、僕の上でニヤニヤしながら飛んでいる死神を見せる事が出来たら
間違いなく全員腰を抜かすんだけどな。
残念だ。






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