初恋 7
初恋 7








「……いや、勿論性的に、というのはないんだけど。
 友人としては、今までの誰とも違う、特別な人だと思うよ」

「それって私を都合良くキープしておきたい、という事ですか?」


……内心を見透かされたようで、一瞬言葉に詰まるが。
折角見つけた“L”、見失うわけには行かないのは確かだ。


「何だか突っかかる物言いだね」

「まるで、キラが“L”を自分の網の中に囲い込む時に使いそうな
 白々しい台詞だと思いまして」

「……!」


突然の切り込みに、咄嗟に答えられない。
答えられない事が、どれ程不味いか分かって居ても。
やがて。


「……」


Lが隣で吐いた、小さな溜め息が雨の音に掻き消された。
だが、その憂鬱な吐息はこの狭い空間に充満した気がする。

今の沈黙が、きっと流河の……Lの、疑惑を確信に変える、
最後の一押しだったのだろう。

彼は今、僕が、夜神月がキラだと、はっきりと認識した。

だが。
証拠なんか、掴ませない。

その前に、僕がおまえを、殺す。


「……まあ、別に何も言わなくて良いです」

「好意を伝えて、嫌がらせで返されるとは思わなかった」

「単なる仕返しですよ。気にしないで下さい」

「は?」

「昨日、私を振ったじゃないですか」


ああ……あんな事を、根に持っていたのか?
……いや、違う。
そう言えば、今し方の空気がまるで無かったかのようになるからだ。

お互いが敵同士だと、痛いほど認識したあの空気が。


「頭良いね、流河」

「そうですね」


自分がキラだなんて口が裂けても言わないけれど。
僕がおまえの敵だと言う事は認めてやるよ。

雨の檻に閉じ込められた、キラとL。
このまま雨が止まなかったら、どうなるんだろう。

この世界に、僕達以外誰も存在しなくなったら。


それでも僕達は、敵同士なのか?


雨はますます激しくなり、細い階段を滝のように水が流れて、
目の前の通路も浅い川のようになっていた。


「夜神くん」

「ん?」

「キラとLって、どこか似ていると思いませんか?」

「え?」


思わず振り向くと鼻先が、いつの間にか立っていた流河の髪に当たった。


「!」

「あ、すみません」

「近いよ流河……」

「ちょっと夜神くんを、」


不意に腕を掴まれ、背後の扉に押しつけられる。
背中に鋲が当たって痛い。
目の前に、何万何億の白い雨の矢を背景に、翳った流河の顔。


「……誘惑してみようかと思いまして」


その鼻筋に掛かった髪は、濡れて束になっていた。
僕のパンツの裾や靴も、湿気と飛沫で濡れている。

何もかもが、何もかもが湿気ていて、不快極まりなかった。


「……流河。そういう趣味はないと言っただろう。
 冗談だとしたら悪趣味だし、しつこいと面白くも何ともない」

「冗談じゃないと言ったら?」

「僕がキラじゃないって、信じてくれるのか?」

「……」

「と、訊く」


女みたいに押しつけられているのが不愉快で、軽く押し返すと
流河はわざと後ろによろけて背中から雨の中に飛び出した。


「……」

「……」


重い水のカーテンが、二人を遮る。

一瞬で、流河の黒髪がその頭に貼り付く。
白いTシャツは、肌の色を透けさせて貼り付いている。

その足下は、飛沫で白く煙ってまるで幽霊画のように薄れていた。


「夜神くん」


幽霊の、白い手が。
僕の方に伸びてくる。


「こちらに来ませんか?」


距離的には二メートルと離れていないのに、声までもが
まるで彼岸から聞こえて来るようだ。


「一緒に、濡れませんか?」

「……」


その手を取れば、一体どこへ連れて行かれるんだ?
処刑台か?
それともおまえと僕しか存在しない、異次元空間か?

やめてくれ。
やめてくれ……!

雨宿りをしていてもこの雨だ、僕も殆ど濡れているような物で。
不快この上ないけれど。

このまま流河の手を取り、雨の中に飛び出していっそ
水の中に潜ってしまいたい衝動に駆られるけれど。


「……濡れ衣は、好きじゃないんだ」


何とか絞り出し、目を閉じる。
頭の中のイメージで、目の前に居る筈の流河の黒い目がどんどん大きくなって行く。

やがて、その目に飲み込まれそうになった時、ざんっ、と一層強い雨音がして、
イメージが霧散した。

そっと目を開けると、現実のLもいつの間にか消えていた。









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