初恋 6
初恋 6








「やっぱり私、初めて触れ合う他人があなたで良かったです」


病的な白い頬に、よく見なければ分からない程微かに昇る血の赤。
……本当におまえ、“L”なのか?
そんな疑問が久々に湧き上がる。

Lにしては……いや、だからこそ逆にLらしい、か。


「触れ合うって……他の人と接触した事ないの?」

「はい。ワタリ以外の人間には殆ど会った事もありませんね」

「え。女性とも付き合った事もないの?」

「当然です」


堂々と言うような事でもないと思うのだが。
これもまた、他人と関わらずに過ごしてきた証左なのだろう。


「何だか……責任重大だな。
 いい加減な接し方出来ないね」


流河は口元だけで笑った。


「確かに私は他人の肌の温度を知りません。
 自分以外の人間の、唇の感触を知りません」

「……いや、そういう意味じゃ、」

「だからあなたが教えてくれたら、鴨の雛みたいにあなたの後を着いていくしか
 能が無くなるかも知れませんね」

「……」


何を、試しているんだ。
それとも、僕がリアクションに困っている様を見たいだけか?


「例えキラでも?」


だから一歩も引かず、声を潜めて乗った振りをすると
流河は少し迷うように爪を囓った後、真顔で僕を見た。


「ええ、例えキラでも」

「……」

「と言ったら、教えてくれるんですか?」


思わず見つめ返したが、僕とした事がしばらく言葉も出なかった。
流河も目を逸らさない。

いつの間にか窓からの光は翳り、辺りは薄暗くなっていて
モニタの明かりに照らされたその顔の輪郭は、まるで幽鬼のようだ。

たっぷり五秒程も見つめ合った後、痺れたような唇を、ゆっくりと動かす。


「……悪い。ゲイじゃない」

「私もです」


今度は流河も即答した。
二人の間に張り詰めていた空気が、一気に弛緩する。

揶揄われた……。

もしかしたら、女性と付き合った事がない、どころか、他人と接触した事がない、
という所から嘘かも知れないな。


「……人が悪いな、流河も」

「すみません。まだ人付き合いの機微が分からなくて」


ニヤリと言われて、先程殺人事件に関して意見を求められた時の事を
思い出して苛立つ。
今日は、虚仮にされてばかりだ……。

……この僕が!


いや、心を乱したらこいつの思う壺だ。
冷静に、冷静になれ。
落ち着いて、あくまでも対等な友人関係を維持する事が肝要だ。

それからは明治時代の事件の史料を見ながら、当時の犯罪について
流河と語り合った。

他人事を話す分には、悪くない相手だった。





気付けば時刻は十六時半を回り、僕達は追い立てられるように建物の外に出た。


「あ……」

「ぬかりましたね」


中に居ても薄暗かったのである程度は予想はしていたが。
外は、入った時からは考えられないほどの土砂降りだった。
天気予報では全く触れられていなかった予想外の豪雨だ。


「参ったな」

「はい。どうしましょう?」

「僕はずぶ濡れで地下鉄に乗る訳にも行かないから、雨宿りするよ。
 でもおまえはどうせ車で迎えに来て貰うんだろ?先に行って良いよ」


言ってしまってから、車に同乗させてくれとねだっているようだと気付く。
まあ、申し出られても断るが。


「いえ。私も雨宿りします」

「え?どうして?」

「これも一つの経験、です」


頭の中で今まで流河と交わした会話を高速再生する。
ああ、


「これも初体験か」

「そうです。自分が『雨宿り』を経験する日が来るとは思いも寄りませんでした。
 またあなたと、“初めて”ですね」

「何だか、ローマの休日みたいになって来たな」


オードリーヘプバーンと似ても似つかない男は、にこりと笑った後
濡れた石段に腰を下ろす。
いや……似ても似つかない、という事もないか。
黒い髪や猫のような大きな瞳、細いシルエットといった記号だけは共通している。

僕は座る気になれず、立ったままだった。


「……さっきの話だけど」

「はい?」

「僕がおまえに興味があるのか、という話だよ」

「ああ、はい」


鋲の付いた分厚い扉が背後で閉じられ、目の前の狭い石畳と階段には人影も無く、
また、大粒の雨という分厚いカーテンで遮られたこの世界には、
今、流河と僕とたった二人しか居なかった。


「“L”を尊敬しているとか何とか、躱されたのかと思っていました」

「うん、咄嗟にはぐらかしてしまったけど」

「良い答えですか?」

「良いと言うか……」


勿論僕はゲイでもないし、例え流河がそうだとしても
同性愛ごっこをするつもりはない。
だが、「彼の中の特別な存在」、という椅子は……逃がしたくなかった。

勿論、遠からず始末するのに都合が良いからだが。


「僕も、流河に興味がある……僕にとってもおまえみたいな奴、初めてだよ」

「嬉しいです。両想いですね」






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