初恋 5
初恋 5








今日も流河の、「雑談」という名の取り調べに付き合うのかと思うとうんざりしたが
Lの正体を探るチャンスでもある。

と折角気を取り直した所で、流河は突然僕から目を逸らし
ポケットから文庫本を取り出して頁を捲り始めた。


「何。今日はお喋りしないの?」

「はい。ちょっとこれ頭に入れちゃいたいんで」


はぁ?!
なら、近付いて来なければ良いのに。
自分の都合の良い時だけ僕を振り回すのか、と思うと頭に血を上らせずに
居られなかった。


「へえ、何の本?」


流河の視線を遮るように、わざと無遠慮に手を伸ばして表紙を掴み
こちらに向ける。


「……イギリスの伝承童謡集です」

「マザーグースとか?」

「ええ。正にそれです」


今度は中身を覗き込んでみると、子供の絵本のように、
殆ど白いページに少数のアルファベットが泳いでいた。
流河は、更に顔を近づけてまた僕の目を覗き込む。


「私はキラ事件だけに関わっている訳ではありませんから」

「そうなんだ?って事はこれも他の事件の資料?」

「はい」


そして、膝頭の上に器用に本を伏せ、後ろに凭れた。


「丁度この建物の雰囲気と似合うような事件です。
 折角ですのでちょっと意見を聞かせて貰えますか?」

「ああ。僕で良ければ喜んで」


本気だろうか。
あるいはそう言いつつ、キラ事件の尋問だったりするのだろうか?
いや、単純な心理戦、か。


「今時、殺人現場にマザーグースの歌を残して行く犯人って
 どう思いますか?」

「え……見立て殺人とか?」

「正にそうなんです。芝居掛かり過ぎていて、犯人の目星が付きません。
 夜神くんならこんな場合どうしますか?」


なるほど。
薄暗く、でもどこかわくわくする前時代のミステリのようだ。


「どうって……まずクリスティとかヴァン・ダインのファンクラブとか、
 そういうマニアをマークするよね」

「つまり、意味の無い愉快犯だと?」

「愉快犯かどうか分からないけど。
 少なくとも犯人はその辺りに注目して欲しいんだろうから、マークすれば
 彼等に罪を着せたい、怨んでいる人物は浮かび上がるかも」


誰にでも言えるような当たり障りのない事しか言えないのは歯痒いが
情報が少ないのだから仕方が無い。


「なるほど……単純にクリスティのファン、という事はない、と」

「その可能性はないではないけど、ミステリマニアならそんな
 すぐに足が着くような間抜けな事はしない」


流河は面白そうに目を少し見開いた。
恐らく心の中で「夜神月はミステリマニア」とでもメモしたのだろう。


「他にはどうですか?」

「その詩の内容にも寄るけど」

「すみません。それは極秘なので言えません」

「だろうね。ならこれは言える?
 “London Bridge”や“Ten Little Indians”みたいに有名な物?」

「良い所突きますね。
 いいえ、現場を見た警官も、最初は何の事だか分からなかった位
 地味な歌ばかりです」

「ばかり、という事は一件じゃないんだな?」

「はい。連続殺人です」


マザーグースの歌が残る連続殺人……確かに芝居掛かっている。
不気味を通り越して牧歌的ですらあるな。


「なら、状況に合った詩を探し出して引っぱって来た可能性が高いな……。
 やっぱり犯人と被害者達は、強い繋がりがあると思うよ」

「でも、被害者達の周辺にそういう人物は見当たらないんですよね」

「そういう人物って?」

「被害者に恨みを持っていて、そういう芝居気のあるミステリマニア」


う〜ん……動機はひとまず置いておいた方が良いんじゃないだろうか。
と考えてから、自分が流河の話にのめり込んでいた事に気付いて
少し背筋を伸ばす。


「恨みじゃないかも知れない……」

「と言いますと?」

「歪んだ愛情と独占欲、あるいは間接的で他には見えない利益が
 被害者の死に因って加害者にもたらされる」

「間接的で他には見えない利益、ですか。難しいですね。
 “被害者の離別した親の再婚相手の子ども”くらいまでは
 ヤードも調べている筈ですが」

「被害者が居なくなる事に因ってアパートメントの改修工事が出来るようになる大家。
 被害者に片思いしている人間に、片思いしている相手」

「その辺りは当然調べています」

「となると後は……交換殺人。とか」


流河は指を咥えたまま、微かに口元を歪ませた。
どうやら笑っているらしい。


「交換殺人……それはまた、大時代な小説のような」

「見立て殺人自体が大時代だろ。
 それに分かりやすい見立てをする事で、確かに自分の犯行だと、
 共犯者に立証できる」

「そうなんですよね。……確かに」


そう言って何気なく本を取り上げ、僕の目をまた見つめる。


「私も同意見です。既に第一の被害者を殺す動機のある、
 第二の被害者の関係者を洗っている所です」

「……なんだ」


折角真面目に答えたのに。
おまえの推理をなぞっただけか。
不機嫌が顔に滲み出たのか、流河は慌てて本に栞紐を挟んでぱたりと閉じた。


「いえいえ。夜神くんがL並の推理力というかセンスを持っている、という
 証明になりました」

「って本人に言われてもね」

「……すみません。でも、私、嬉しいんです」

「?」

「こんな風に、打てば響く会話が出来る相手は初めてですから」

「……」

「例えばメールで依頼主に質問をして、さんざん待たされた挙げ句
 ピントのずれた答えが返って来たりすると殺意すら覚えます」

「ああ、」


よくある事だ。
みんな、頭が悪すぎる。
家族さえ。

でも僕は、そのズレや浅はかさを愛しいと思う。
そうでなければやっていられない。

流河は孤独故、そんなストレスに曝される事はあまりないのだろうが、
“知能指数120、あるいはそれ以下”に対する耐性もないんだな。






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