初恋 4
初恋 4








九十分の講義が終わり、伸びをする。
流河は最後の方は拗ねたように椅子の上で丸まっていたが、一応は
最後まで聴講していた。


「夜神くんお疲れ様でした。喫茶店で何か甘い物食べましょう」

「悪い。この後用事があるんだ」

「どんな用事ですか?」

「え……言う必要、ある?」

「私、あなたともっとお話したいです」

「何。“世界一の名探偵”がここまで言っているんだから、他の先約なんか
 キャンセルしろと?」


声を尖らせて言うと、流河は指を咥えて少し考えていたが
やがて


「はい」


と素直に頷いた。


「そういうのを、非常識と言う」

「そうなんですか?」

「例えアメリカの大統領であろうが、一応こちらの都合を聞く形式を取るべきだろ」

「そんなものですかね……」


恐ろしく強引な筈のLが、指を咥えたまま肩を竦めてしょぼくれている。
彼は、本気で人間関係が苦手なのか?

それとも僕の気を惹いて、思い通りに動かす為の演技なのか。

僕にも流河の事をもっと探りたい、という下心がある。
ここは一つ大人になって流河に付き合ってみるか……。
そう思った時。


「でも私、ある意味アメリカの大統領より権力ありますよ?」

「……」


こいつは本物のバカなのか、それとも度を超した負けず嫌いなのか。
あるいはその両方か?


「夜神くん、夜神くん、どこへ行くんですか?」

「……教授に、ゼミの話を聞く事になってるから」

「私も行って良いですか?」

「駄目」


足を速めると、さすがにそれ以上は着いて来なかった。
代わりに、


「また明日!」


しゃがれた叫び声が遠く聞こえた。






翌日、掲示板に行くと午後の講義が休講だと張り出してあった。

流河に見つからないよう、空いた時間に麻雀をするという友人グループに紛れる。
だが、目敏く僕を見つけたらしい流河は躊躇もなく真っ直ぐに輪に向かって来た。


「おっ、旦那が心配して来たぜ?」


友人の一人が、下らない冗談を言った。
流河はロボットのような動きで首を傾けて、その友人の方を見る。


「どうも。ダンナとは?」

「いや、流河夫妻はいつも仲が良いのに、今日は夜神が単独行動してるな、と
 思ったら、やっぱり来たからさ」

「夜神くんと私は結婚してませんけど」


生真面目な顔で、しかし指を咥えたまま返されて、みんなドッと笑った。
笑えなかったのは僕一人だけだ。


「悪い、やっぱり図書館に行くよ」


そう言い置いてその場を離れたが、流河が着いて来ているらしい。
誰かがひゅうひゅうお熱いねぇ、などと囃し立て、悪目立ちしてしまった。


「あれ?図書館に行かないんですか?」


僕は、背後からの声を無視して総合図書館を通り過ぎ、赤門の方に進む。


「夜神くん、夜神くん。怒ってますか?」

「何故」

「さっきから、私を無視しているじゃないですか」

「別に何も怒ってない」

「なら、何故図書館に向かわないんですか?行くって言ってましたよね?」

「……総合図書館じゃなくて、法制史料センターの方が落ち着けるかと思って」

「ああなるほど」

「全然怒ってないし、おまえとゆっくり話したいよ、僕も」


歩みを流河に合わせ、微笑んでみせると、流河も白くやや尖った歯を見せる。


「それって私に興味があるという事ですか?」

「……」


キラだから、Lの事を知りたがっているのか、という事か。
下らない。
その通りだが、その通りだと答える筈がないだろう。

だから何も答えず、大きな木の下の小さな階段を下りる。
狭い半地下の壁面に、小さいが堅牢な入り口は現れた。
いかつい鋲のついた扉を横目に、流河を引き連れて中に入ると目が慣れるまでの数瞬
酷く暗い場所に来てしまったように感じる。


「何度も言うようだけど、僕は君を尊敬している」


問いから答えまで間が開きすぎだが、流河ならきっと気にしないだろう。
中は案外天井が高く、小さな声でも響いた。
少し湿気た空気、やはりまるで西洋の古城にトリップしたようだ。


「私はキラを尊敬してはいませんけどね」


選りに選ってこんな所で……。
また、僕はキラじゃない、という言葉を引き出したいのか?

咄嗟に激昂しかけて、慌てて奥歯を噛んだ。
事務室に学生証を出し、流河にも同じように入館手続きをするよう目で促しながら
流河にしか聞こえないように囁く。


「僕だってキラは尊敬していない」

「本当に?」

「彼のやり方は間違っている。やはり犯罪者は法に則って裁くべきだろう」

「彼……ですか。キラは男性だと?」

「いや、彼も彼女も含めての、“彼”だよ。特に意味はない」


僕は館内PCの方へ促しながら、平静を装って答えた。
危ない……また、知らず知らず誘導尋問されてしまっていたじゃないか。
全く油断も隙もない。

カツカツという自分の足音に、少しずれてぺたぺたと流河の足音が重なる。
辺りは薄暗く、天井近くの細長い窓からは午後の黄色掛かった日差しが
斜めに差し込んでいた。


「でも、印象としては男性、という事ですよね?」

「そうだな……根拠はないけれど。
 こんな大胆な犯罪を志す人は、男性であって欲しい気はするね」


PCも、漆喰壁に腰板のある洋風の部屋に設置してある。
偶々なのかいつもなのか、他に人が居ないのは助かるが、それだけに
流河のなけなしの遠慮がなくなるな。

クラシックな部屋に不似合いなオフィスチェアを引き、流河を座らせ(しゃがませ)たが、
その間も瞬きもせずにじっと僕の表情を観察している。
僕は何気ない顔を意識しながら、隣のPCの椅子を引いて、
隣同士で調べ物をする形を作った。






  • 初恋 5

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送