初恋 3
初恋 3








翌日、心理学の講義を受けていると途中で隣に誰かが入って来た。

横目で隣を見ると、予想通り真っ白な長袖Tシャツの袖。
こいつに会うのは受験の時を含め五回目だが、常に同じ服装をしている。
他の服を買えないという事はないだろうから、余程気に入っているのだろう。

広い講義室で空席だらけなのに、わざわざ隣に座る。
という事は周囲から見れば友人同士だろうし、それが狙いでもあるんだろうな。


「夜神くん、夜神くん」


この静かな授業で普通の声で話し掛けて来るなよ。


『……という事で重要なのは“意識”ではなく“無意識”であるという事を
 分かって頂けたしょうか』


案の定、講師は真っ直ぐに流河を見て声を大きくした。


“しゃべるな”


そうノートに書くと、流河はそれを見て僕のボールペンをもぎ取った。
そして僕の肩に寄りかかるようにして、僕のノートに、


“では筆談で”


と、外国人らしからぬ意外にも端正な字で書き込む。


“あなたはキラの”

“やめろ。授業中だ。どこから見られているか分からないし”

“ならば雑談を”


僕は溜め息を吐いて自分のノートを一枚ちぎり取り、シャープペンシルを乗せて
流河の方に滑らせた。
彼は感心にも僕から常識的な距離を取り、下を向いてカリカリと
ノートを取っている振りをする。

書いている音が終わったので横目で見てみると、


“何故この授業を取ったのですか?”


本気で雑談するらしい。


“来年この先生の犯罪心理学を取りたいから”


僕も全く流河の方を見ず、時折教壇に目を遣りながら自分のノートに書き込む。


“犯罪者の心理に興味があるんですね”


あると言えば、キラの癖にと、自己分析かと言われるのだろうか。
しかし雑談なのだから乗らないのもおかしい。
無視をすればまたとんでもない行動に出そうだし。


“どう答えても皮肉な答えが返ってきそうだ”

“そう構えないで下さい。私、これでも犯罪心理学については
 権威と言って良い程詳しいですよ”

“だろうね”

“良ければ無料でレクチャーしてあげても良いです”

“断る”

“夜神くんは、持続型の犯罪者の精神というのは先天的な物だと思いますか?
 それとも後天的な物だと思いますか?”


……人の書いたメモも読めよ。


“両方だろうね。早発持続型……つまり幼少期から犯罪歴が始まる場合は
 先天的な物が大きいかも知れない”

“成長してから犯罪を繰り返す遅発持続型は生育過程が関係あると?”

“いずれにせよ、持続型は根が深い。持って生まれた気質と
 生育環境の複合型だと思う”


だめだ。
流河の策略にはまっている。
このまま行けば、こいつは絶対にキラの話を始める。


“キラも持続型ですが、どうでしょう?”


ほら。


“前も言ったように、僕はキラは裕福な子どもだと考えている”

“後天的な性格障害だと?”

“障害とまでは言っていない”

“しかしアメリカでは快楽殺人者は、白人の中流家庭、総体的には
 比較的裕福で両親の揃った普通の子どもが多いという統計が出ています”


キラが、快楽殺人者だと言うのか?
いや……これは、僕を試す為のブラフだ。
僕が答えを書きあぐねてボールペンを回すと、流河は続きを書き始めた。


“ハッタリだと思いますか?データは本当です。
 貧しい家庭で育った黒人の快楽殺人者というのは、ほぼ居ないと言って良い”

“そう。ならキラを掴まえたらまず精神鑑定をしてみる必要があるかもね”


そろそろ、切り上げないと不味いな。
と思って投げ遣りな答えを書いたが、流河はまだ何か書き続けていた。
僕は、慌てて自分のペンを動かす。


“ところでさっきから僕が聞かれてばかりだ”

“はい”

“こちらから質問させてくれ”

“良いですよ。答えられる事なら答えます”

“Lの正体に触れる事以外、だよな”

“勿論”


本来なら、何とか遠回りにでも正体に近づけたら良いが、
きっとその気配は敏感に察するだろう。


“この学校は社会人入学?”

“?”

“とかいう質問をしなくて良いのがいいね。
 僕に近付く為だけに東大に入学したのか?”


Lは少し考えた後、さらさらとペン先を滑らせた。


“自意識過剰ですね”

“?”

“とか言いませんよ。その通りです。
 あなたとお近づきになりたくて、その為だけに入学しました”


これが本当だとしたら……。
本物のLがそこまで手間暇掛けるんだ、何人キラ容疑者がいるのか知らないが
僕がその筆頭だという事だろう。


“首席になったのは?裏口入学?”

“いいえ。日本の国立大学でそんな事をするのは不可能です。
 普通に受験しましたよ”

“それで、全教科満点?”

“はい。せっかく入学するのですからあなたより良い成績で入りたいと思って。
 古文だけは少し受験勉強しました”


……ふ〜ん。
僕がずっと受験勉強をしていたのを知っていてその発言。
自分は余裕で満点を取れたって、言いたいわけ。

普通は、同じ学校に入学するというのは自分が正体を知られずに近付く為だろう。
なのにこいつは顔を合わせるとほぼ同時に「L」だと名乗った。

単純に、自分の方が頭が良いと示威したいだけが為にそこまでしたって訳か。
やはり驚く程幼稚な男だ。


“結局同立首位で早速入学式で顔見知りになったね”

“正直、あなたがそこまでやるとは思いませんでした。
 素直に感嘆します”

“それはどうも”


怒りに、文字が震えそうになる。
だがこれがLだ。
幼稚で、負けず嫌い。

どんな事をしてでも、相手を負かそうとする。
自分の方が上だと、アピールする。

そこで僕は、Lが紙の下の方で小さな字を書いているのに気付き、裏返してやる。
Lは少し驚いたように僕の方を見た。


“ノートって、本当に裏も使うのですね”

“ノート使った事ないの?”

“ありません。PCで事足りますし”


この男は……Lだという事を差し引いても、かなり変わった、というか
興味深い人物のようだ。


“さっきの話じゃないけれど、僕は流河の生育環境に興味があるね”

“私が精神障害者であるかどうかはどうでも良い事です。
 ただ、私には犯罪歴はない”

“リンド・L・テイラーという男を自分の身代わりにして殺しただろ”

“殺したのはキラですが、そういう事なら何度も法を犯していますね。
 合法的に”

“矛盾表現だね”

“ならばこう考えて下さい。Lこそが、この世の法だと。
 キラも自分が法になる事を望んでいるようですが、残念ながら叶いません”


こいつ……キラの目指す所を、正確に掴んでいやがる。
しかもそれを否定して、自分は既にその高みに居るなどと。

嫌な奴だ。


“キラはどうか知らないけど、Lには逆らわない方が良さそうだな”

“その通りです”

“キラに殺されないよう、せいぜい用心してくれ”


敢えて下手にでる。
僕としてはそこで話を終わり、お互い授業に集中しようと示したつもりだが
流河はまだ何か書いていた。


“筆談での対談も新鮮ですね”

“今は本来おしゃべりの時間ではない、という事だ。
 授業中でなければ、いくらでも話せる”

“ではこの授業の後、また付き合ってくれますか?”

“男の癖にお喋りが好きなんだな”

“私に男らしさを求めますか”


もう馬鹿馬鹿しくなり、本格的に授業のノートを取る。
流河はしばらくもぞもぞとしていたが、やがて僕の肘をとんとんと指先で突いた。


“書く場所が無くなりました。もう一枚下さい”

“断る”


それだけ書いて、後は流河に肘を掴まれようが顔を覗き込まれようが
無視をし続けていた。






  • 初恋 4

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送