初恋 2 予想通り、流河は授業が始まると同時に不自然な早さで 距離を詰めてきた。 もう少し自然に関係を築こうとは思わないのか……。 あるいは、浮き世離れし過ぎていてそんな事は思いもつかないのか。 「テニス?何故?」 「あなたと親睦を深めたくて」 「……」 零点。 そこはせめて、「夜神君はテニスが強いと小耳に挟んだので」あたりだろう。 どうせ、僕が中学の頃テニスチャンピオンだった事も調べてあるんだろ? 友人というのは、「なりましょう」と言ってなる物じゃないんだよ、流河。 面識のない相手にいきなり告白する世間知らずの小娘じゃあるまいし。 そう、心の中で鼻で笑っていた時。 スパアアアアン! 「おいおい、流河。いきなり本気かよ」 いきなりの全力サーブに、足が出遅れる。 「先手必勝です」 ああ、そう……。 ……そうだよな。 親睦目的の、遊びのテニス。 僕がキラかどうかの分析なんて、出来る筈もない。 勿論親睦を深める事も。 これは単純に、お互いが「深まった」と了承しあう為の儀式だ。 テニスが終われば、おまえと僕とはもう仲良しのお友だち同士。 おまえはキラ事件について、踏み込んだ話もしてくるだろう。 キラでなければ知り得ない情報を口にさせようとする筈。 一方僕は、おまえがL本人だという確証を得たい。 父や捜査本部の人間に、おまえがLだと証言して欲しい。 僕が先ず言うべき事は、「捜査本部へ連れて行って欲しい」、だ。 それを断らせにくくする為にも、この試合には勝っておきたい。 この試合自体が「先手必勝」、という訳だ。 ……そうでなくとも、理由はなくとも、Lにはテニスですら絶対に負けたくない所だが。 結局僅差で僕が勝った。 しかし、勝ったら勝ったであいつがわざと負けたのではないかという疑いが湧き 後味が悪い。 しかも、1%、僕をキラだと疑っているだなんて。 ……またしても、やられた……。 1%でも疑っていると言われてしまえば、こっちの自由は奪われる。 0%ではないのだから、僕が捜査本部の者に会わせろと言っても駄目だと言うだろう。 先に釘を刺されたって事だ……。 僕以外に、こんなに頭良い奴がいたとはね。 「二人きりになれる場所に移動しましょう」 「ああ。こんなテニスまでして、より目立ってしまったみたいだしね」 本当に、建前という物の無い男だ。 学校近くの喫茶店に着くやいなや、流河は僕の推理力を試すという名目で 僕がキラかどうか、探り始めた。 まあ、既に1%とは言え僕を疑っていると口にしたのだ。 僕に気付かれないように取り調べる、というつもりもないのだろう。 「……そして流河が本物のLである可能性は極めて低い」 「それは?」 だって……そんな必要ないから。 手下にLだと名乗らせるだけで十分に僕を脅す事も、取り調べをする事も 出来るからだ。 「なるほど……確かにLと名乗った者には危険が伴うし、今まで姿を 現さなかった意味もなくなる……本物のLが出てくるのは、馬鹿げている……」 感心しているように見えるが……嘘だろ? 「でも僕は、結構流河が本物じゃないかとも思ってるんだよ」 「と言うと?」 僕の方は満更嘘でもない。 あまりにもLのイメージと合わない、ルーズな若者。 それが、逆に本物らしくある、と本気で思っている。 ……それに。 他のキラ容疑者全員の前にLだと名乗る人物が現れているとしても 僕には、本物が相対して欲しい、という願望もある。 また、その位でなければ面白くない。 「そこまで計算して選んでる可能性は?」 「うーん、Lという人ならそこまでやりそうだな。 裏の裏の裏と考えて行くとキリがない。 さすがに頭がこんがらがってきた」 僕は冗談めかして笑ったが、Lは指を咥えたままくすりとも笑わず 僕の顔をじっと観察していた。 「『捜査本部の者に会わせない』なんて、そんな事一度も言ってませんよ?」 ……え? FBIの資料、死んだ受刑者のメッセージの写真、次々と展開される 分かりやすい引っかけ。 淡々と躱しているつもりではあるが、相手は「影の支配者」だ。 どこかにとんでもない陥穽が仕掛けられているかも知れないと思うと 気は抜けなかったが……。 話の流れでLは、僕を本部の者に会わせる、と言った。 予想外だ。 という事は、この男は本当に本物のLだ……。 少なくとも父や本部に指示を出しているのはこの男だという事になる。 だとしたら、それを簡単に僕に言うのはおかしいが……。 いやそれとも、捜査本部に連れて行かれるまでに何か罠が……? その時、流河の携帯と僕の携帯が同時に鳴り、父が倒れたと聞かされた。 驚いたのは本当だが、「まさかキラに?」と咄嗟に言えたのは 我ながらよく出来た演技だと思う。 元より、家族を失う、自分の手で葬る事になるかも知れない覚悟はしていた。 だからこそ出た言葉だと思う。 しかし、これではっきりした。 流河は、本物のLだ。 後はどうやって本名を知るか、だが……。
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