初恋 1 「私は、Lです」 ま、まさか!何を言っているんだこいつ?! LがLだと言う筈が無い。 変な奴だとは思っていたが、マジでおかしいのか? 努めて冷静な顔で振り向いてみると、相手は何かに驚いたかのように 目を見開いて僕を凝視していた。 いや……どうやら特に驚いた訳ではなく、これが普通の顔らしい……。 やっぱり、普通じゃない。 今まで受験勉強と塾に時間を縛られていたが、これからはある程度自由に動ける。 と、待ちに待った東応大の入学式。 一緒に新入生挨拶をした浮いた男を、警戒してはいたが L関係だとは全く思っていなかった……。 ただ、普通ではない奴だと。 それでも全教科満点なんだから、紙一重という奴なんだろうと。 興味深い人間だとは思ったが、関わる機会も必要もないと、自然に思っていた。 そんな男が。 一気に僕の関係者になる。 対人距離を詰める。 「……もしあなたがそうなら、僕の尊敬する憧れの人です」 「どうも……名乗ったのは、キラ事件解決の力になっていただけるかも 知れないと思ったからです」 Lじゃなくとも、そう言うだろうな。 本物のLに指示された部下か、あるいは全く無関係の人間が偶々、 という可能性もなくもない。 いずれにせよ、こいつがLだとしたら。 ……いや、Lじゃなくとも、だ。 僕は……。 僕は、こいつに何も出来ない! 何とか先手を取るべきだと、こいつより一歩先んじるべき思うが、 何をどうすれば良いのか分からない。 どう考えてもどうする事も出来ない。 こいつ、本当にLなのか? そして僕をキラだと疑っているのか? ……いや、今は何も考えない方が良い。 相手にしては駄目だ。 人間を見た目で判断しては足下を掬われるという事も稀にはあるが、 東大の入学式にこの服装、踵の潰れたボロボロのスニーカー。 真っ当な社会生活を送ってきた人間とはとても思えない。 東大に首席で合格するような天才の中に潜んだ狂気が、時折妙な妄想を 発露させるのかも知れない。 一ヶ月後には古いアパートの一室で、訳の分からない書き置きを残して 首を吊っていても意外ではない。 とにかく、こちらからは絶対に関わらない事だ。 そう、思っていたのに。 「夜神君」 建物から出た途端に、聞き覚えのある声。 咄嗟に聞こえなかった振りをしようと決めたが、 『おいライト。あいつが呼んでるぜ』 「夜神君」 声はしつこかった。 「今日はどうも……」 何だよ、用事もないのに声掛けたのか。 と心の中で毒づいた僕の目は、男の背後にある車に釘付けになった。 「いえ、こちらこそ……」 慇懃な運転手が、丁寧な仕草で後部座席のドアを開いて待っている。 僕は努めて冷静に答えながら、車と男の関連を考える。 「じゃあ、今度はキャンパスで」 「あ、そうだね……よろしく」 そして男は慣れた風に、そして僕を取り残すようにベンツのリムジンに乗り込んだ。 僕は涼しい顔でそのまま歩いて地下鉄に乗り、山手線に乗り換える。 カタンカタン、と、レールの継ぎ目を乗り越える音がやけに貧乏くさく感じられた。 ……あの男。 あの、分かりやすい車。 例えあれが一時的に雇った物だとしても、相当金が掛かっているだろう。 慣れた様子からして、本当に本人の持ち物かも知れない。 あの、質素な出で立ちで僕を油断させ……その後わざと、あの車を、 自分が一介の学生など足下にも及ばない身分である事を、見せつける。 まるで幼稚園児がそのまま大人になったような挑発。 世の中広しと言えど、僕というたった一人の観客の為にそこまで手間と 金を掛ける人間は、一人しかいない。 あの男は……Lだ……! Lでなくとも確実にLの息の掛かった人間だ。 狂人の妄想、という線が消える。 自室に入り、一人になった途端、鬱憤が爆発した。 「くそっ!やられた!!」 いきなり自分がLだと名乗ったやり口。 幼稚な挑発。 「こんな屈辱は、生まれて初めてだ」 何もかもが……何もかもが、僕を知り尽くした上でわざと逆鱗に触れるように しているとしか思えない。 そうでなければ、あれが天然なら尚更許してはおけない輩だ。 「……Lを舐めていた」 いや。こんな風に苛つく事自体がLの思う壺、狙い通りじゃないか。 冷静に、冷静になれ。 今は自分の感情よりも、相手を分析し、対策を練るべき時だ。 Lが僕に、自分がLだと名乗り出てくるなんて……。 これはキラに対するかなり有効な防御であると共に、攻撃でもある。 僕は思いつきもしなかった、 「やられたよ……良い手だ」 認める事が出来た事に、自分の精神の安定を感じて満足する。 そうだ。済んだ事は仕方が無い。 相手が相当出来ると分かっただけでも良しとしなければ。 あの、とぼけた振りをした流河は、これから大学でどんどん 僕に接近し、探ろうとしてくるだろう。 ……それなら、それで良い。 何も悲観する事はない。 これは向こうも何も掴んでいない証拠だ。 あいつも僕も直に接しての騙し合い、知恵比べだ。 表面上は仲良しのキャンパスメイト。 裏では「Lなのか?」「キラなのか?」の探り合い。 面白いよ、流河。 おまえが僕に友情を求めてくるなら快く受け入れてやろう。 「僕はおまえを信じ込ませ、そして全てを引き出し おまえ達を殺す」 僕は大きく息を吸ってそう口に出し、決意した。
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