Enemy or Family 2 「勘弁して下さい本当に」 「いいじゃないか。日本語で昔話してやるって言っただろ」 「結構です」 夜神は自分で言っていたように、細々と私の世話を焼いている。 出国前は、ラフながらファーストクラスに乗ってもおかしくない格好と言って シャツとセーターと柔らかいコットンパンツ、軽いコートにレザーブーツを用意してくれた。 飛行機の中でも私の代わりにミールを注文し、空港では手を引き、 本部に着いてからもスーツケースの中から、気に入りのパジャマを出して 着替えさせてくれている。 それは感謝するがそれでも、寝る時は一人にして欲しい。 何故夜になっても部屋から出て行かないんだ。 「私は幼児じゃありません」 「せめて自分で着替えられるようになってから言えよ」 「……あなたが甘やかすからです」 「厳しくした方が良い?」 それは……困るが。 ロジャーがいない今、夜神に見捨てられると確かに困る。 Lが私の世話をしてくれるとはとても思えない。 黙り込んだ私のベッドに、夜神が滑り込んでくる。 狭い、と文句を言えないのが辛いところだ。 大振りのベッドサイズと自分の小柄を恨みたくなる。 「……Lの部屋に行った方がいいんじゃないですか?」 「何故?」 夜神を困らせるつもりだったが、自然に驚いたような顔をされた。 忌々しいが、内心が表情からは全く読めない。 寝る時も、夜神の首には手錠型のネックレスがぶら下がっている。 彼らは……肉体関係を持っている、と踏んだのだが違うのだろうか。 他人の性生活に興味はないが、事と次第によっては我が身も危ない。 いま夜神に襲われたら、情けないが勝ち目はない。 などと少し考えて、ストレートに攻めてみる事にする。 「いつもは、Lと同じベッドで寝てるんですよね?」 「気になる?」 「そういう訳では」 質問返しという事は、都合が悪い事を聞かれたからだ。 と普通は思うのだが、夜神の場合は分からない。 自分の都合より、私をからかう事を優先させかねないので。 「ニアも普通に思春期か。Lと僕の、そういうシーン想像したりするんだ?」 「しません。気持ち悪い」 「てことはニアは女性が好き?どんな子がタイプ?」 「ですから興味ありません!」 駄目だ。こういう会話で、夜神には勝てない。 藪の蛇をつつきたくない。 あまり深追いすると、私を困らせる為だけにレイプくらいやりかねない。 「何度も言いますが、子ども扱いしないで下さい」 「悪い。我ながら親戚のおばちゃんみたいだった」 「よく分からない例えですが」 「からかうのも甘やかすのも、楽しいんだよ。 こんなに無制限に甘やかしてもいい人間なんてそうそういないし」 屈託無く笑いながら、私の頭の下に腕を差し込んで 反対の手でリネンの上から私をぽんぽん叩く。 こんな人間が、何万もの人間を殺したのだから、逆に恐ろしいというものだ。 もっと、見るからに極悪な、あるいは狂気に囚われた人間ならともかく。 「で。イッキューサンの話はまだしたことなかったよな?」 「……はい」 「一休さんは、実在した『一休禅師』という偉いお坊さんの子供時代の話と 言われているんだけど……」 夜神は、いい匂いがする。 匂いには敏感な方なので、コロンや香水の類ではないと分かる。 この微かな香りは、シャンプーか、洗濯洗剤の残り香なのか。 男のくせに、と思うが、嫌な匂いがするより良いか。 変に男臭かったりしたらいやだな。 でもそう言えば、誰かの体温や匂いを感じた事って夜神以外ほとんどないかも。 「……和尚さんは、小僧たちが寝静まった後、こっそりと水飴を……」 思い出せるのは、接着剤の、におい、ゴムの、におい……火薬のにおい…… シャンプーの、におい……は、きらいじゃ、ないな……。 時差のおかげか、逆にいつもよりぐっすりと寝られた。 朝、目を開けると眩しい光の中、肘で頭を支えた夜神の顔がすぐ目の前にある。 楽しそうに微笑んでいる。 どうせ人の寝顔を見て楽しんでいたのだろう。 性格が悪い。というか、気色悪い。 「おはよう」 「……おはようございます」 言ってから、自分が夜神のパジャマの袖を握っていた事に気付き 慌てて放す。 「すみません」 「いいよ」 何事でもないかのように流されて、逆に情けなくなった。 しかし聞きながら、違和感を覚える。 そう言えば、昨夜は夜景が眩しいからと夜神がブラインドを閉めていなかったか? さすがの私も、握っていた手を離されてまた握らされたら起きると思うのだが…… ブラインドが開いている所を見ると、夜神が一旦ベッドから降りたとしか思えない。 それとも閉めていた記憶の方が間違いか、あるいはリモコン? などと考えを巡らしていると、 「ほら、やっぱり目が覚めたじゃないか」 「いいんですよ。今日はやる事があるんですから早起きして貰わねば」 L?! 一気に目が覚めて、自分がどこかまだ寝ぼけていたのだと知る。 窓際のチェアから、細長い影がゆらりと立ち上がった。 見間違いと思いたいが、声まで聞いたのだから間違いない。 Lが、私の寝室に。 なんだこのシチュエーション。 そして私は、夜神にしがみついて寝ていた……。 Lが何故、というかLと夜神がそういう関係だとしたら不味いんじゃないか、とか 思考が空転するが、どうも実感が湧かない。 私自身、嫉妬という感情に覚えがないので、どう対応していいか分からない。 「L……おはようございます」 なので取り敢えず身を起こすと、差すような直射日光に目を射られた。 夜神が、私に日が当たらないように遮ってくれていたらしい。 両の拳で目を庇うと、大きな手で、夜神の手で髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜられた。 「ニアは、本気で可愛いな」 「あまり甘やかさないで下さいね」 両人の穏やかな声。 夜神は私と寝ている所を見られて後ろめたくもなく、Lも全く気にしていないらしい。 内心胸を撫で下ろしたが、しかしこのやりとりは、まるで……まるで。 ……私は「子ども」じゃない。 というか、私に捕縛された大量殺人鬼と、それに殺された探偵が そんな会話をするな! 私だってもうすぐ二十歳だぞ? 全員二十代の男という事になるんだぞ? 「あれ?どうしたんだ?今日は寝起きが良いな」 「もしかしてお腹冷えました?大丈夫ですか?」 「触らないで下さい。着替えます」 「え?」 「ニア?」 「着・替・え・ま・す。自・分・で」 敢えて区切って言うと、二人とも呆気にとられていた。 私が自分から動くのがそれほど珍しいか。 ……いや珍しいな。我ながら。 素早く、とは行かず、もたもたとベッドから降りていると、夜神が近づいてきた。 睨むと、笑いながらホールドアップのように両手を挙げる。 「手伝わないよ。今日の服を出すだけ」 「好きなのを着ます。あなたは私のママじゃありません」 「L、聞いたか?」 また、嬉しそうにLを振り返った。 何を言っても何をしても、夜神を喜ばせているような気がする。 こいつを傷つけたり、落ち込ませたりする事は私には不可能なのか。 だとしたら、 私は生まれて初めて「苦手な人」というものに出会ってしまったのかも知れない。 夜神がデスノートを拾っていなくとも、Lとは別の意味で 私の前に立ちはだかる壁として出会う運命だったのかも知れない。 などと、ふと思ってしまって、自己嫌悪に陥った。 --了-- ※7777打を踏んで下さいました、そまりさんに捧げます。 頂いたリクエスト内容は 「横文字設定で、ふとした瞬間に、月がお母さんで、Lがお父さんで、 ニアが子供のような位置関係だな…って何となく思った自分にむず痒さをおぼえるニア」 でした。 拙シリーズでのリクエスト、ありがとうございますv恐縮です。 書いておいて言うのも何ですが、ニアはもっとクールでクレバーな気もします。 が、自分自身がニアを可愛く思うようになってしまっておりまして、ほのぼのしてしまいました。 月は、内容でも言っていますがお母さん感を出そうとしたあまり 世話焼きのおばちゃんみたいになってしまっております。 Lは存在感がないし。そんな所がお父さんぽいのか。 こんなんで良かったでしょうか? そまりさん、7777打ご申告&ナイスリクありがとうございました!
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