人形の家「美しいといへば、あなたのご氣性は本當に美しい」1 「……なるほど。所有権を手放したら記憶を失ってしまうのですね?」 「そう。またノートに触れたら思い出すし、もう失わないけどね。だよな?」 『ああ。記憶を失う可能性があるのは所有者になった人間だけだ』 「どうする?所有権移動する?」 「そうですね。あなたに記憶を定着させるという意味では私が所有した方が 良いかも知れませんが……まぁ、考えておきましょう」 そう言ってLは、僕が入れた紅茶が溢れる程、ジャムを入れた。 案の定掻き混ぜるとちゃぱちゃぱと零れて、僕は溜め息を吐いて布巾を取りに行く。 こいつと暮らしてみて分かってきたが、Lはその頭脳に似合わず 信じられない程がさつだった。 そして、その天才ぶりに相応しく……というべきか、食べ物の好みも 何もかも、思った以上に奇怪だ。 「では次は、動機について教えて下さい」 「動機?」 「はい。あなたが何故、デスノートを使うように至ったのか。 何を目的として、犯罪者を殺して行ったのか」 そうだな……。 と、ついリュークを見上げると、Lはニヤリと笑った。 「見上げたくなる気持ち、分かります」 だろ? と目だけで言って、僕はもう一度頭を捻る。 デスノートで中々裁かれない悪人を殺して、善人が心安く暮らしていける 平和な世界を作りたかった。 それが出来るのは自分だけだと思った。 だが、Lが訊いているのはそういう事じゃないんだろうな。 「僕が何故デスノートを使ったのか。 言ってもいいけれど、ならおまえは何をしてくれるんだ?」 「何、と言いますと?」 「デスノートの事を話した時は下着と服をくれただろう?」 「ああ……要求を言って下さい」 Lは少しうんざりした顔をした。 「好みの服を用意しろとかそういう事ですか?」 「いや」 まあ。 確かにもうちょっとオーソドックスな、普通にレストランに入れるような 襟の付いた服が欲しいと言えば欲しいけれどね。 でもそんな事よりも。 今僕に必要なのは。 「なら、何ですか?」 「その……」 「言いにくい事ですか?」 「いや」 僕は意を決する。 という程の事でもないけれど。 「……その、僕の事を、ライトと呼んで欲しい」 「……」 Lはマジマジと僕を見つめた後、無言でキッチンに行って カウンターの上に積んであったリンゴをぽん、と死神に投げた。 そして追い払うように手を振る。 ……リュークによれば。 僕が失踪した時、Lは泣きながら、何でもするから一生リンゴに不自由させないから、 僕を助けてくれと、懇願したとの事だった。 僕はそんな事は信じていなかったが。 現実……あれから毎日、新鮮なリンゴが届いていたりする。 リンゴを受け取った死神は、肩を竦めるような仕草を見せた後 屋外へと飛び去って行った。 それを見送ったLはテーブルを回って、ソファの僕の隣によじ登ってしゃがむ。 「さて。今も昼間はライトくんと呼んでいる訳ですが。 呼び捨てにしろという意味ですか?」 「……違う」 「では……夜、もっと言うならセックスの時、ライトくんと呼んで欲しい、 という事ですね?」 「……」 あまりにもあからさまな物言いをされて、顔が熱くなる。 それは、その通りなんだが。 ……こいつには、こういう所もあるんだな……。 「分かりました」 そう言うとLは、ずい、と顔を寄せてきた。 「ちょ、ちょっと」 僕の肩に手を掛けようとするので、避けるとバランスを崩して倒れてしまう。 Lは僕を押し倒したような形になったが、気にせず顔を近づけてきた。 「ライトくん」 「な、何」 「愛しています。ライトくん」 「……」 「あなたが、男であっても女であっても」 「……」 ……うん。知っていたよ。 がさつに見えて、こういう所は意外と気が回るというか、 僕自身さえ半分自覚していなかった心の底の欲求を見透かした上で 「ライト」呼びとは。 さすが「世界の切り札」と言われるだけの事はある。 などと冷静に考えているのに。 頭を抱きしめられて唇を押しつけられて、目尻からは、水滴が、零れていた。 「……でも」 やがて顔を離したLは、低く囁いた。 「何」 目立たないように袖で拭いたつもりだが、バレバレだろうな。 というか「でも」って何だよ、「でも」って。 「週に一度くらいは、『月さん』にも会いたいです……」 「……」 物欲しげに指を咥えながら言うLに、僕は思わず笑い出してしまった。 「分かりました。今日は日曜日ですね? 日曜日は月(つき)でいましょう、リューザキ」 「だ、駄目です!もう半日過ぎています。 勿体ないので明日からにして下さい。 毎週月曜日が、月さんの日で」 「分かった。分かったから!昼間から押し倒したりするな!」
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