人形の家「私の將來は亡びてしまつた」1
人形の家「私の將來は亡びてしまつた」1








翌日の午後も、ヘリが来た。
今日も食料だろうと思いながら玄関に行ったが……
ドアの向こうに、見知らぬ男女を見て凍り付く。


「ああ、お早いお着きで」

「……誰?」

「こちら、執刀医のディッシャー先生、そしてこちらが麻酔医のフレミング先生です」

「……!」


医者?
何のために……?

……まさか。

足下に陥穽が開いたように、目の前が暗くなる。
L。
僕が男であっても女であっても良い、と言ったのは。
手術はしない、という意味じゃなかったのか……?

百歩譲ってそうじゃなくても、


「一週間後……、って」

「その前に血液検査やパッチテストがありますから」


飄々と答えるLから視線を逸らし、ちらりとドアを見る。
隙間がある。

この状況。
多勢に無勢だ、いくら僕が同意していないと訴えても
Lの息の掛かった医者なら耳を傾けてくれないだろう。

麻酔を打たれてしまえばもう終わり。
あの湖に、身を投げた方がマシかもしれない。

瞬間的に判断して駆け出……

そうとした瞬間、がくん、と頭が止められて足が絡んだ。
背後から何者かに布で鼻と口を塞がれた……!


「……そして、助手のメロです」


Lの声が遠くに聞こえ、抜けていく力を振り絞って振り向くと
死角に隠れていた、男とも女ともつかない金髪の影が。

それだけ視認して、僕は意識を失った。




気付いた時には、一人で医務室のベッドの上に寝ていた。
起き上がろうとしたが、体が動かない。

あれから何時間くらい経ったのだろう。

何気なく考えてから、ぞわりと、全身の血が冷えた。
この感じは……。

この、麻酔の効き具合……。

出来るだけ動揺を抑えて、最悪の事態に備える。
とは言っても、自分で思うよりずっと混乱していると思うが。

恐る恐る、自分の胸に、股間に、意識を集中する。
だが、何も感じられない。
痛みは感じない。
ついているような気もしない、違和感もない。

ただ、この全身の、倦怠感……。


何だ、これ……。


絶望に、もう一度気が遠くなりかけた所で入り口のドアがスライドした。


「目が覚めたか、ライト」

「……」


僕を昏倒させた、金髪だ。
どうやら男らしい。
しかし若い。というか子ども?


「おま、子ど、も……」


ろれつが回らない……舌もまだ、痺れているようだ。


「確かにおまえより若いが、これでも一応医学と医療知識は一通り持っている」

「……」

「実習を受ければ即医師免許ぐらいは取れるから、心配するな」


なるほど、かなり優秀な子らしい。
メロと言ったか。
だがそんな事よりも今は、恐ろしくとも現状を把握しなければ。
何と言ったか、あの執刀医……。


「ディッs……」

「ディッシャー先生とフレミング先生は帰ったよ。
 後始末は俺が任されてる」


……今この家には、Lと僕とこのメロだけ、か。
まだ現実を受け止めきれないが、彼は忖度なく僕の脈を取ったり
熱を測ったりしていた。


「ところでライト、尿意とか便意は分かる?」

「……」

「まぁまだ麻酔効いてるしな」


そう言っていきなり僕の布団を捲ろうとする。


「何、」

「出してやるよ」


そう言って屈み、ベッドの下から溲瓶を取り出した。


「出なかったら尿道にカテーテル入れてやるから大丈夫」

「やぁっ……!」

「って。そう言われても、漏らしたら誰が洗濯すると思ってるんだよ」

「っ!」


尿道って、尿道って、そういうの、直後でもう大丈夫なのか?
いや、それは出さないわけには行かないし、手術をした者は沢山いるんだから
大丈夫なんだろうな。

それでも。

目の前のこの少年……子どもとは言え精通は迎えているだろう。
そして僕は今恐らく女で、全く体を動かせない。
そんな状態で偽物とは言え、性器を曝すのは……。

こんな子どもにまで恐怖心を抱かなければならない我が身が恨めしかった。


「待、……。もぅ……う、ごけ、……」

「おい」


メロは訝しげに眉を顰める。
そして僕の顔色に気付いたのだろう、ニヤリと笑った。


「何。あんた、俺が怖いのか?」

「……」

「まぁ、なぁ。
 あのLが、誰も寄せ付けない孤高の探偵が、あんたに夢中なんだ。
 Lを目指す者としては面白くないし、あんたが動けない今、
 大チャンスかも知れないな」

「L、を、?」

「そう。Lは俺達の目標であり、アイドルだ。昔からな。
 突然横から現れたあんたにかっ攫われたら、それはムカつくさ」


俺「達」……。
どうやらLには組織的なファンクラブがあり、それは探偵の卵らしい。
何となく天涯孤独な身の上だと思っていたので、意外だった。

だが。
という事は、本当に犯されるか暴力を振るわれるかも知れない。


「メロ、おま、」


改めて全身が総毛立った時。
ドアがスライドして当のLが入って来た。



張り詰めた空気が緩み、思わず全身の力を抜いてしまう。


「L」

「ありがとうございます、メロ。あとは私が」

「いいよ、仕事が入ってるだろ?」

「いえ。私がやりたいんです」


一歩も引かないLに、メロは少し目を剥いた。
少し考えた後、やれやれと言うように両手を挙げて、部屋から出て行く。



「おはようございます月さん」

「……」

「具合はどうですか?」


どうと言われても。

少し前までは、もし女の体に作り変えられたら生きて行けないと思っていたが。
あのメロという少年に恐怖を覚えた事により、自分が女性である事を
受け入れ始めている事に気付いた。

死に方よりも、既に自分が女の体と共にどう生きていくか、考えている。
我ながら、思ったより生き意地が汚いな。


そして、沢山浮かんだ選択肢の中には、お前の妻になって静かに生きていく、
というお前が望むであろう道もあったが。

……きっとそうはならない。

僕は、おまえの人形じゃないから。

女として出会ったならまだしも、僕を手に入れる為に性別まで変えさせた、
おまえを僕は許す事は出来ない。

いつかおまえを欺いて、姿を消すだろう。
デスノートに僕の名前を書くなら書けば良い。


その時にお前は、


「夜神月」と書くか?


それとも、


「朝日月」と書くか?






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