人形の家「私があんな邊鄙な處に居たゝまらなくなつたのもそのためです」4
人形の家「私があんな邊鄙な處に居たゝまらなくなつたのもそのためです」4








やがて森は木のまばらな林になり、その終わりに、煌々と光る
ガラスの建築物が見える。
本当に、遠くからでも中の方までよく見えて、まるでドールハウスのようだった。

高度が下がった所で手を離すと、リュークも腕を放して
僕はすとん、と地面に降り立つ。
つもりが、思ったより足が弱っていてがくりと崩れてしまった。


「ライトくん」


目の前の扉がゆっくりと開き、細いシルエットが見える。


「ただいま」


何とか立ち上がって言うと、突然つかつかと近付いて来て、


パシッ!


いきなり平手打ちされた。


「何するんだ!」

「それはこちらの台詞です」


反射的に殴り返そうとしたが、腕が上がらず断念する。


「言った筈ですよね?あなたを監視し続けると」

「……」

「あなたは、キラなんです」


何だか厳しい事を言われているようだが、心身共に疲れ切っていて
それどころでは無かった。


「……すまなかった。とにかく寒いんだ、入れてくれ」

「分かりました。入れてあげます。
 リュークさん。遠慮して下さい」

『オレ?まあ……別に寒さは感じないからいいけど』

「おい!L!僕は、家の中に入れてくれって言ったんだ!」

「そうですよね?何を勘違いしたんですか?
 どこに、何を入れると?」


舌打ちをしながらも、肩を貸されて家の中に入る。
久しぶりの暖気に、乾いていた眼球が潤んで生理的な涙が出た。


「可哀想に。こんなに冷たくなって」


と言いつつ、それは嫌味なのではないかと思う程、
Lはいつもの無表情だ。
涙をぼろぼろ流していただなんて、とても信じられない。


「取り敢えず、バスタブに湯を張ってあるんで入って下さい」

「うん……ありがとう」


そのまま、自分の部屋に連れて行かれた。
笑える事に、ここではバスタブまで透明な樹脂で出来ている。

もうもうと立ち上る湯気に、もう、Lの目を気にする気にもなれず
追われるように服を脱いだ。

体に巻き付けていたショールを取り、シャツやパンツをまとめて置くと、
たった半日で、ホームレスの衣装のようにぼろぼろになっているのが分かる。

ゆっくりと湯に足を入れると、最初はひんやりと感じられる程熱かったが
すぐに暖かくなった。


「……は〜」


肩まで浸かり、思わず溜め息が漏れる。
自分はやはり日本人だと思った。


「……何してるの」


気付けばLも服を脱ぎ、浴槽の縁を跨ごうとしている。


「入れようと思いまして」

「どこに。何を」

「分かってるくせに」


そう言って、僕の隣に並び、僕の下に体を入れようとする。
クールな出迎えとそのギャップは何だ、と一言言いたくなったが
やはりやめた。

感謝してるよ。それなりに。
こうやって、風呂を沸かして待っていてくれた事。

だから多少のセクハラは許す。


「月さん……半日も会えなくて、気が狂いそうでした」


だがLは、後ろから僕をやんわりと抱いただけだった。


「L。当たってる」

「はい。それはもう」

「僕は、衰弱してるんだ」

「すみません。こればかりは」


でも。
先程までの、岩の上の冷たさを思えば、尻に男の物を突きつけられていても
まるで天国だな。


「L」

「はい?」

「もし僕が……今後あくまでおまえを拒んだら、どうするんだ?」

「どうすると言いますと?」


今日見た秘境的な湖を思い出す。
この家の近くにあんな物があったのは、偶然とは思えない。


「僕を、殺すのか?」


僕を殺して人知れずあの湖に沈めるのか?


「……」


Lは黙ったまま僕の首の付け根に軽く歯を立た。


「教えて下さい……リューザキ」


吐息のような、自分の声が甘い。
まるで睦言のようだ。


「あなたが、好きです。月さん」

「知っています」

「そうでした」

「私が知りたいのは、あなたがライトをどう処するか、です」


Lはまた黙り込んで、先程噛んだ所をぺろりと舐めた。


「ライトくん」

「……何だ」


急にライト呼ばわりされて内心動揺したが、努めて平然と答える。


「今日、あなたが居なくなって、森に消えたと気付いた時」

「うん」

「あなたを失うかも知れないと思った時、気が狂いそうになりました」

「……」


僕を抱く腕に力が籠もり、尻に当たっている物が一層固くなる。
それでも、それ以上は進もうとしなかった。


「その時分かりました」

「?」

「あなたが男であっても女であっても良い。
 とにかく生きて、私の側にいて欲しいのだと」

「……」

「もしあなたが不慮の事故で死んだりしたら、せめて剥製にしてでも
 傍に置いておきます」


ああ、そう。
何だか気味は良くないけれど、湖に沈められる事がないっていうのは、安心だよ。


「私は二度とあなたを離しません。決して」


その晩Lは、僕の手を取ったまま隣で寝た。
何となく、初めてした後、手を繋いで眠ったのを思い出した。






  • 人形の家「私の將來は亡びてしまつた」1

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