人形の家「あなた、少し亂暴ぢやなかつたんですか?」1 翌朝は寝過ごしてしまい、慌ててワンピースを中途半端に着てリビングに行った。 Lはおらず、テーブルの上に乱切りのジャガイモと荒切りのベーコンを炒めた物が 乗った皿が置かれている。 Lなりに朝食を用意してくれたのだろうか。 向かいには、既に空になった皿が、そのまま置かれていた。 電子レンジで温めると、食べられない事はなかったが少し塩と胡椒を足す。 洗い物をした後少し本を読んだが、手持ち無沙汰なのでLの部屋の前まで行った。 ノックをしようかどうか迷っていると……中からドアが開けられる。 「あ……おはよう」 「おはようございます」 「……もしかして、見てた?」 「はい。私の部屋の壁、隠してありますが監視モニタが設置してあります」 「隠しカメラもある、と」 「この家の中に死角はないように設計しました」 「……」 何だかな……。 信用されていると思っていた訳ではないが、家の中を歩き回れるという時点で 少し期待していた自分が情けない。 食べたり退屈したりしている自分を、Lがこの部屋でじっと観察して居たと思うと 薄気味悪くもあった。 「何の用ですか?」 「ああ、えーっと、」 後ろを向くと、Lが少し息を呑んだ音がした。 「ファスナー上げてくれ」 背中の中程で、ワンピースのファスナーが止まっている。 全く、もう少し着やすさも考えて選んで欲しい。 「……自分では、無理でした?」 別に良いじゃ無いか。 大した手間じゃ無いんだから、さっさと上げてくれ。 「予め持ち手に紐を付けておいたら何とかなるけど、今日は慌てていて」 「体固いんですね」 「一度着てみろよ、これ」 「……」 「まあ、僕も今日から柔軟体操を頑張るけど」 「……」 怒らせたかと思って少し焦りながら付け加えたがLは無言だった。 何故かしばらく考えていたようだが、やがてゆっくりとファスナーを上げてくれる。 それから、大仕事をやり終えたかのように、長い溜め息を吐いた。 「そう言えば設計したって、おまえが建てたんだ?この家。 っていうか持ち家なのか。おまえって結構資産家なの?」 「それは、仮にも『L』ですから。 東京都心にも、個人的な捜査拠点ビルを建てかけていました」 「キラ捜査の為に?」 「はい。その程度にはお金持ちです」 何故か少し下卑た口調で言い、揶揄うように僕の顔を覗き込んだ。 「惚れました?」 「まさか」 それどころか、少し嫌悪感さえ湧く。 元々、遠い存在なのだと思い知らされたようで。 「それだけ金があるなら、何も僕じゃなくてもいくらでも良い女が手に入るだろうと 思っただけだ」 「そうですねぇ。でも仕事柄、中々女性との出会いはありませんから。 あなたとの出会いは貴重でした」 「……」 僕が肩を竦めて背を向けると、慌てたように後ろから肩を抱く。 「冗談です。本当は、映画で見るような美女にいくらでも伝手があります。 でも、誰にも惹かれませんでした。 心底愛した女性はあなただけです。本当です」 「……」 わざとか……わざとだろうな。 僕はLの方を向いて月(つき)の顔でにっこりと微笑んだ後、 思い切り振り解いてやった。 「僕は、男だ」 「……まだ、ね」 Lはやはり予想していたらしく、慌てずにニタリと笑う。 「いいか。僕は女にはならない。切られたら舌を噛み切って死んでやる」 「する気のない事を口にする物ではありません」 「……」 「あなたなら、私の舌を噛み千切って殺してやる、でしょう?違いますか?」 違わない、な。 しかしその後、女の体の自分と折り合いを付けて生きて行ける気もしない。 「なぁ。本当に、無理なんだ……。おまえだって昨夜は僕を抱けた。 前からも出来るかどうか試してみようかって言ってただろ?」 「はい」 「今晩、」 そこまででLは察するだろうと思ったし、実際察しただろうが 意地の悪い笑みを浮かべながらじっと僕の言葉の続きを待つ。 本当に、性格悪いな。 「……試してみないか?」 躊躇いながら低い声で言うと、Lはまたニッと笑いながら身震いした。 「武者震いです」 「ああ……そう」 「今晩と言わず、今からどうです?どうせ二人きりです」 「嫌だよ、昼間から、そんな」 眉を顰めると、Lは突然前に出て来て僕を壁に押しつけ、 口を押しつけて来る。 歯が当たって、少し唇が切れた。 「何するんだ!」 「……いえ。あなたが、月さんらしい事を言う度に……滾ってしまいます」 「……」 血が出ていないか、自分の唇を舐めてみる。 Lがじっと見ているので、それが誘惑の仕草に見える事に気付いた。 「今晩、部屋に行く。その代わり」 「は、はい?何ですか?」 「セックス出来たら、手術はなしだ」 「……それは」 「真実はおまえの脳内にしかないんだろ? なら、僕を女だと思い込むのもよし、女の体がこんなだと思い込むもよし、 わざわざ本当に体を作り替える必要なんか、どこにもないじゃないか」 「まあ、それもそうですね」 言質を取った事に心の中でガッツポーズを決め、 僕はリビングに戻った。 Lも後から着いてきた。
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