人形の家「畏まりました――あなたのお氣に召すやうに」2 寝間着がネグリジェでなかった事には感謝したい。 夜、部屋に戻った僕は、心の中でそう呟いて溜め息を吐いた。 それほど女物は徹底していて、僕の部屋にだけドレッサーがあり、 その小引き出しにはアクセサリーまで入っている。 靴下もストッキングや薄いニーハイソックスばかりで、 いっそスカートのまま毛臑を曝して胡座をかいてやろうかと思ったが あまりご機嫌を損ねる訳にも行かないので思いとどまった。 『抱いて欲しいんですか?』 Lの声が頭の中でこだまする。 僕だってゲイじゃない、男に抱かれたくなんかない。 だが……僕を手術する、と言う日はあと五日後に迫っている。 女に作り替えられるなんて絶対に嫌だ。 ……それくらいなら命を絶つ。 それくらいなら、Lに抱かれる。 『女性だと思っていましたから。 今は男性だと知っているので、無理です』 逆に言えば、Lが僕を女と思い込むか、あるいは男でも抱けるようになれば 手術はしなくて良い、という理屈じゃないか? ……これは、仕方ない、か。 今の所、他に考えつく対策はない。 しかしそうなると、ネグリジェの方が都合が良かったかも……。 そんな事を思いながら、僕はつるつるしたパジャマを身に着けて枕を抱え、 部屋を出た。 Lの部屋をノックすると、しばらく間を置いてから 不機嫌な顔のLが顔を出した。 「……なんですか」 「入って良いか」 「駄目です」 「どうして」 「あなたが枕を持っているからです。この部屋で寝るつもりですか?」 「あの部屋、やっぱり何だか落ち着かないんだ」 Lは無言で眉を顰め、しっ、しっ、と追い払う手をする。 僕は少し顔を傾け、努めて柔らかい表情を作った。 「……入れてくださいませんか」 「!」 Lは感電したかのように、びくりと顔を上げた。 ドアを閉めようとする指が、震える。 「ねぇ、リューザキ……」 「……」 本当に、驚くほど顕著な反応に、思わず笑ってしまいそうになるが ここは演技だ。 「寂しいんです……私」 Lは無言で何かを考え込んでいる。 迷っている。 葛藤している。 目の前に居る人間を、朝日月の演技をした夜神月とするか。 それとも、朝日月、とするか。 「リューザキ……」 「……」 なぁ。 無理だろ?おまえには。 月(つき)を無視するなんて。 おまえは絶対に僕を部屋に入れる。 そして抱く。 そうだろ? 「入れて……」 囁くように言って軽く触れると、Lは諦めたように大きく戸を開け放った。
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